18話

その晩、急に天候は崩れ星も満足に見えない夜空となった。
月明かりさえも期待できない闇の中、とある街のとある場所。
彼は帰路を急いでいた。
タクシーから足早に出て行き、目的地へと向かって歩を進める。

小雨がパラつき、それなりの勢いのある風が身体を突き抜けていく。
白混じりの金髪をたくわえた彼は、紙袋を一つ抱えていた。
ついさっき買ったばかりの品物を腕に抱えながら、家へ着いた時のことを考える。

「この酒をあいつと酌み交わす時が来たとは・・・」

・・・思い返せば、あの子が家へやってきたのは十歳頃の事であった。
なかなか懐いてくれる事はなかったが、それでも彼を世話することは苦ではなかった。


それがいつの間にやら・・・


そんな嬉しさがこみ上げて来る中、コートの内ポケットからタバコとライターをそっと取り出す。
この小雨で少々火は付きにくかったが、問題にとるほどのものではない。
煙を口いっぱいに溜め込んで独特の風味を堪能する。
ほろ苦くも甘いその味は日頃吸っているどの煙草よりも印象的だ。


街灯もまばらな薄暗い闇の中を通り抜けていく彼。
彼の急ぎ足は突然急停止した。
暗闇の中でかすかに感じる違和感。
歳老いてはいるがそうした直感は衰えてはいなかった。
こういう時にどうするべきかというマニュアルも知っている。
だから、彼はコートの内ポケットに手を入れた。
そして絶えず周囲の様子に神経を張り巡らせる。


「驚かせてしまったようで失礼。」
仕掛けてきたのはどうやら相手らしい。
前置き振って現れた人影に言いようのない不安を感じる。
ハワードは思わず唾を飲み込んだ。
今、頭の中では二つの出来事が考えられる。

それは勿論、相手の作戦だ。
ただ単に時間稼ぎであろうか、それとも勝利を確信したうえでの行動か・・・。
とにかくここは強気にでるしかない。

「何の用か?あいにく私は忙しいので、早々に立ち去りたいのだが・・・」

どういった用件を突きつけられるかは知らないし分からない。
ただ、何かを用意した上で接してこられているのは明白だ。
背筋に走る奇妙な寒気を感じながら、相手の応答を待つしかない。


やがて相手はその口を開いた。
「ちょっとした質問ですよ、ハワード中佐。」

「ほぅ?こんな老いぼれの名前が知られるとは・・・私も有名になったかな?」

「えぇ。貴方ほどの有名人は他にいらっしゃいませんよ。


CIAの極秘機関、【SEA】の最高責任者のハワード中佐。」  

異常な程の寒気が背筋を走った。
カッと目を見開き、危険を感じた身体は防御体制をとっていた。
コートから拳銃を取り出し、構えて。
照準をあわせた。約一秒のモーション。

その間に複数の物音がハワードの耳に伝わった。
全て同じ物から発せられる音であると気づくのに時間は要しなかった。

くそっ・・・

自らに為す術はない。
改めて釘を刺す様に彼は言った。


「少しばかりお時間を頂きます 宜しいですね?」


そのころ。
テーブルに肘を付きながら時計を見つめている人がいた。
ただ呆然と時間を浪費する彼、ユウヤにとって我へと返してくれるのはポットから漏れる蒸気の音だ。
沸騰した湯を未だ腹の底に溜め込んでいるそれ まだまだ出番が来る気配はない。

どうしたものか・・・
とふと疑問に思う俺。
仕事が忙しいにしては連絡一つあってもおかしくはないのに。
俺の意思とは裏腹にテーブルの上の携帯も今は静かにだんまりを続けていた。


どうも落ち着かない。


大きく身体を動かすわけでなく、ただ視線が室内のありとあらゆる場所を飛び回る。
規則性のないふら付き方は羽虫を追いかけている感じ。
ようやく落ち着いた場所は、写真が飾られたボードだった。
画鋲のようなものでとめられた写真には数年前の俺とハワードが写っている。

それは俺が初めて、ハワードとキャッチボールをした日のものだった。
あの日が俺と義父のあいつと二人で接した日であった。
年甲斐もなく本気で投球してくる奴に挑んで、見事ボールを取り損ねた俺。
頭にぶつけて痛いのと悔しさとで泣きかけの俺と、それをみて笑うハワード。
そんな一場面をきりとったのがこれ。

なつかしいな・・・・

写真を見つめて俺はそう呟いていた。
窓の外は月明かりが若干漏れて、雨がぱらついている。
そんな天候だった。


「フーン まぁこんな所ですか。 正直期待不足ですね。」

もう何分、いや何十分時間が経ったのだろう。
茶色のコートは雨で濡れて何ともいえない黒っぽい色へと変わっていた。
若干身体も冷えてきた。
ただ身動きもまともにとれないなか、時間だけが経過していた。
しかし、体力だけは消費した。普段とは比べ物にならないくらいに。

「お前達・・・いったい何をする気だ?」

「貴方には関係ない事です。」


「・・・気が済んだのなら私はもう行かせてもらう。」


「いえ。最後にもう二つ程、用があります。」

・・?
ハワードの頭に疑問が浮かんだ刹那。

銃口から赤い火が吹いた。
至近距離から足を撃たれてバランスを崩し倒れこむハワード。
彼が握っていた拳銃もびしょ濡れとなったアスファルトに転がった。

「なっ・・・いったい・・何のつもりだ!」

「一つは伝言をあなたに持ってきました。 【ありがとう】とね。」

「・・・何の・・・・・事だっ・・!」

「そしてもう一つは・・・・・」
暗闇からようやく全身を現した彼は、地面に転がっているハワードの前に立った。
そして銃口を下に ハワードの頭に向けて。

「後は伝えてください。直接ね!」


銃声が一発轟いた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第343号
ページ番号
24 / 31
この作品について
タイトル
Lord
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第319号
最終掲載
2009年5月12日
連載期間
約1年17日