8話
状況が辛い事に変わりは無かった。
曲がり角で一旦止まって、敵がいないか確かめる。
潜入では基礎中の基礎のやり方だが・・・
なんとまぁやりにくい。
ケガ人と奇妙な生き物二匹。
文字通り厄介事を抱えている状況、
仕事とはいえ割り切るには度胸がいる。
俺の懐ではCHAOが無邪気に暴れまわる。
何も知らずに気の赴くまま。
苛立ちを通り過ぎて、ただ、ただ、呆れる。
横にいる男もこの状況下でまだくだらない話題に花を咲かせようとする。
何も考えずに口の動くまま(だと俺は思う)。
呆れを通り過ぎて・・・・・やはり呆れた。
「どうせ捕まるならおっさんより美女のがいいと思うよな? な?」
「・・・元気な奴だな。」
「なんせ仮に拷問されるとしても・・・美女だったら・・・・俺は許せ・「少し黙れ」
アメリカまで付き合わされる事を想像すると・・・
いや想像せずともわかるな。
「それで逃げるのはいいんだけどな、こっから先どこ行くんだよ?」
「・・・まず病院行って」
「そっから?」
「俺の上官に連絡する。」
「んで?」
「後は上官次第だな。」
変人には詰まらないありきたりの回答だったろう。
あまりに無難で模範解答っぷりに顔をしかめる。
そんな目で見るな。
見たいのはこっちだから。
エレベーターに駆け込んだ後もその奇妙な睨みは続いた。
CHAOもそれに釣られてか視線を俺に合わせてくる。
挙句の果てにはまたも騒ぎ出した。
「堅物人間はもてない だろ?」
「俺に同意を求めるなよ。」
「・・・えぇ?!」
「・・・・殴っていいか?」
血で染まった赤い研究着。
その両袖を上げてまたも挑発的に腕を振る。
「僕ちん 痛いのきら~い」
と。
そして俺はこう言い返す。
「実際、本当の重傷ってのは痛くないんだよ。」
とな。
反論すればムキになってまた言い返す。
子どもの口げんかは大体このセオリー。
しかし俺の目の前にいるこの男はそんな轍を踏みはしない。
人が怒ろうとする一歩手前で話題を変える。
策士か天然か、わかったものじゃない。
「いつまでもくだらねぇ事してねぇでさ、おさらばしようぜ おさらば。」
そう言ったレイヴァン、それを聞いたユウヤ。
二人と二匹の視界には複数台の車が置かれていた。
ここは駐車場。
出口にたどり着いたのだ。
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時間軸はズレて、ユウヤが出口に到達する三時間ほど前。
無数の映像が映し出されている部屋。
モニターと複数のキーボード、後は椅子。
窓の様な外界の様子を直に伺える物なんて部屋にはない。
唯一外と繋がるのは、モニターとは対極の位置にある扉。
まともな明かりさえもない。
モニターから発せられる照明だけが、この一室を不気味に照らしている。
やがて扉の向こうから音が聞こえてきた。
それは断末魔。それは銃声。
痛々しい音はピークに達していたが、もう下降気味だ。
次期に掻き消される。
やがて扉が開いた。
入ってきた人物はたった一人。
右手に拳銃、左手にケータイ。
モニターの前に転がっていた主のいない椅子に彼は乱暴に腰掛ける。
血に塗れた服装が照明で怪しく照らされる。
しかし当の彼は気にすることなくケータイを操った。
「任務は成功です。 無事にこの施設の制圧は完了しました。」
「えぇ。しかし残党がまだ数名・・・。ですが支障は生じませんよ。」
「彼・・・。実に興味深い。 機会があればまた会いたいものです。」
「彼は何も知らないそうですね?・・・・・そうですか。」
「さて、その話題はさておいて・・・ はい CHAOですか?」
「問題ありません。 あれがどこの手に渡ろうともそれこそ支障はありませんから」
「全ての情報はもうこちらが掌握しています、えぇ。」
「素晴らしいの一言です。 まさかこんなものが現代になって新たに発見されるとは・・・」
「既に遺伝子ライブラリーとして保存しています。」
「きっと満足してもらえるはずですよ。 では・・・」
彼の口はようやく止まった。
モニターを見つめ彼はただ、笑みを浮かべる。
とあるモニターには研究員達の姿が映っている。
必死にデータを取っているようだが不自然である。
脅されているにも関わらず見渡せばどことなく零れている笑み。
仲のいい友達同士との秘密を守る子どもの様だ。
・・・全てが予定通りだ。
私の仕事、彼らの功績、このタイミング。
何一つ狂いはない。
後は全て・・・時間に任せるだけでいい。
ここを訪れてくる彼が・・・
最後の後始末をしてくれる。
彼が最後の歯車を回してくれる。
そう・・・彼の名は・・・