9話
「おいおい!大丈夫か?顔色わるぃぞ え~と・・・?」
「ユウヤだ。」
「やっぱ覚えにくいな、それ、日本名だろ?」
「そうだな。」
「ちゃんとした名前を教えてくれ、名字っての? ほらタナカとか、スズキとか。」
「・・・怪我人はおとなしくしてろ。」
「ちぇ。生意気につっぱっちゃって。」
あれから俺達は車を奪い取った。
それから数十分間。ひたすらアメリカを目指して走り続けている。
後部座席に寝転んで暇しているレイヴァンはさっきから俺に質問攻めをしてくる。
相手にしない。と言うのは流石に辛いだろう。俺は程ほどにそれにつきあっている。
仕方なしにな・・・。
「じゃあさ!俺の今の名の由来教えてやるからお前もおしえてくれ? いいよな?」
「無理」
「・・・・あぁ~!もう喋ったらいいんだろ?喋れば?」
「・・・」
「ほら!見てみな」
バックミラー越しのレイヴァンは顔つきが厳つくなっていた。
というのも彼がサングラスを付けているから。白衣が弱弱しいイメージを与えるが顔だけなら充分似合っている。
私服なら尚更だ。
「で?由来は?」
「これだよ これ!」
彼のサングラスの縁、そこに刻まれたアルファベット。
「なるほどな。」
珍しく納得行く答えだった。
しかしその後もこの無駄な会話は続いた。ラジオから流れるジャズもこのマシンガンボイスで全く聞こえない。
助手席ではCHAO二匹が大人しく座り込んでいた。振動と共にその身体は小刻みに跳ねる。
初めて会った時には元気有り余っている様子だった、この様子だと乗り心地はあまり良くなさそうだ。
「いい加減に教えろよ」
「元気だな 本っ当に。」
「体力はまだ取柄がある方だぜ?」
「・・・入院すれば否応なしに質問攻めだからな、覚悟しとけよ」
「喋るのはいいけど聞くのは好きじゃねぇ。」
「じゃあ大人しく体力蓄えておけよ。」
「あっ、でも美人なら何聞いてても許せそ・・「黙れ」
ユウヤはこのストレスに対抗するように全身に力を込めた。それに比例して加速する速度。
そして反比例する様に中の空気は静まり返った。
・・・これはこれで違和感がある。
どうしたものかと困り果てた視線を右に左に落ち着かなくふら付かせているとあることに気づいた。
異常は外だった。
視界に納めてからワンテンポ遅れて状況を理解し始める。
「・・・山火事?」
「山火事?ってうおっ!!すっげぇ!」
ロッキー山脈から濛々と湧き上がる黒い煙、いつもは緑生い茂る風景が広がっていて数時間前もそうだったというのに。
今や痛々しい赤い炎と毒々しい黒に覆われている。まるでキャンプファイアーだ。
速度を落とし、前もろくに見ていないユウヤに対してレイヴァンは尋ねた。
「あれん中にさっきの施設も入ってるよな・・・?」
「・・・・・だろうな。」
「誰だろうな?・・・天下のロッキー山脈様に放火なんてする馬鹿野郎は!?」
「・・・とにかくおまえは俺達が保護する。 生活にも不自由はしないからまずはそれで・・ぐっ!?」
押し殺したような声が響くや、次は車内が激しく揺れる。
突然のアクシデントに思わず横になっていたレイヴァンは飛び起きた。
そして操縦席のユウヤの様子を見て思わず唖然とする。
ユウヤの左肩にCHAOが・・・纏わりついていた。
ここまで人にじゃれつくのも珍しい、そう見ていたレイヴァンとは裏腹に当のユウヤは必死だった。
暴れてもがいては、二匹のCHAOを同時に投げつけた。左肩から出血しながら。
「血?ってぇ事は・・・・・」
「ぎゃああああああああああああ!!」
口元を真っ赤な血に染めて可愛らしく微笑む二匹。
その愛くるしさと口元のギャップがおかしい 異常。レイヴァンは叫ばずにはいられなかった。
「こいつらは吸血鬼の赤ちゃんか?」と叫ぶユウヤ。
「血は無理だ」とさけびつづけるレイヴァン。
二つの不協和音がほぼ同時に発せられた。
また車を走り出すまでに10分は掛かった。
元気が取柄のレイヴァンも流石に答えたらしく、やっと怪我人らしく項垂れていた。
とはいっても血を吸われた事はユウヤにとってショックであることに変わりはなかった。
ただ二人とも無口に車を進めていたのだった。 ほんの十分程度まで。
またも沈黙を破るのがレイヴァンであった。
それなりに効いてはいるが、完全に潰えたとまではいかない様だった。
「この車・・・大丈夫だよな?」
「・・・はっ?」
「・・・・・いやな・・・・もしもさっきの基地みたいに爆弾とかしかけられてたら・・・・さぁ・・・」
「それは多分ねぇよ・・・・ならキー回した時に死んでいるからな。」
「そりゃあ・・・安心だわ・・・・」
そう言い合っている時だった。
ユウヤは異体の知れない恐怖感を覚え、咄嗟に助手席を向いた。
思わず手がハンドルを放してしまう。
直後。
眩い閃光が車内に溢れたのであった。