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自然によって癒やされるスポットへ二人はやって来た。主成分は木と川である。澄んだ川は道のように続き、人間用の足場としてブロック状の石が規則的に並べられている。その周囲では緑の自然が外界とこの空間を分ける壁となり、同時に生み出される木陰は日光を遮りすぎることがなく上を見上げればほどよく晴天の清々しさを味わえるといった、自然に飢えた人間の需要をこれでもかというくらいに満たす心地よさを演出していた。
「いい場所だ、ここは」
「そうだろうとも」
「宇宙船地球号にはこういう癒しとなる自然も少しくらいは必要なんだよ」
「少しくらいでいいのか自然」
「宇宙船名乗るくらいならまず移動したりワープしたり戦闘できるようにしなきゃだめだよ。機械化が足りないね」
「比喩だから」
チャオは泳いでいる。川の流れによって移動している面が大きいが、それでも溺れていないだけ上等だと言えた。よく育てられているな、と文人は思う。
「まあ、散歩というよりここで遊ぶって感じになるかと」
「うん。いいよいいよ。ここはいい場所だ」
「ぜひこの綺麗な川ですっきり洗い流してもらいたい」
ダークチャオの心を、と言おうとしたが、やはりダークチャオネタを引っ張ってもつまらないだろうと思い留まる。
「君の煩悩を」
「私かよ」
「うん」
美紀は自分の胸を両腕で隠した。
「えっちなことを考えてるね?」
「いや、そんなことはないよ。煩悩は川に流したからね」
驚きの白さで、白々しいことを言ってのける。
「もう一度煩悩を洗い流した方がいいよ。いや、川に流されてしまえお前」
「しかしチャオは可愛いなあ」
文人はぽややんとしたが、美紀の表情はそうならなかった。むしろ暗い。そしてその顔が質問をする。
「ねえ、チャオはどこが一番魅力的だと思う?」
「難しい質問だなあ」
考える。一分ほど。
「わからん」
「だよねえ」
「どうしたのさ」
「たまに考えるんだよね。チャオってこんなに可愛いのに、どうしてブームが過ぎちゃったのかな、って」
「原因が魅力にある、と?」
「そう。チャオの一番の魅力が、他のペットにもあるもので、そのペットの方が魅力的なら仕方ないかな、とか考えるんだよ」
チャオは陽気に川に流されていく。こちらの話は耳に入っていないのか、笑顔だ。言葉が通じなくても空気は伝わるものだが、その様子はない。
「うーん、難しい」
「難しいか」
「原因はなんとなくわかるけど、言語化した時にそれが正確な物言いになる気がしない」
「そうだね。私もそうだ」
「こういう時、言葉って役立たずだと思うね。グラフとかの方がしっかりと語るし」
「じゃあ言葉っていらないのかも」
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。両方の思いが文人にはあった。そして再び一分ほど考えて、思いつく。
「エロいことする時には言葉があった方がいいと思う。盛り上がるから」
真面目に言われたので美紀は思わず吹き出した。
「うん、確かにそうだ。あはは」
そして笑いが落ち着いて、美紀は眉をつり上げた。
「でももっとまともな言い回しもあったはずなので減点」
「むう」
「あれ?プニは?」
「プニ?」
「あれ、言ってなかったっけ。あの子の名前だよ」
そういえば聞いたことがなかった。
そしてプニという名前のチャオは随分先まで流されているのを文人が先に発見した。
「あそこだ」
「うわ、いつの間に」
そして美紀は言った。
「あそこまで流されればきっと煩悩が消えるよ。やってみたら?」
「僕に煩悩はない」
「さっき自分が吐いたセリフを忘れたわけじゃないよね」
「じゃあ一緒に流されようか。危険だから抱き合った方がいいよね」
「逆に死ぬと思う。それ」
二人で追いかけた。プニは溺れていたりなどしておらず、のんきに泳いでいた。
「ふう、こんなに運動をしたのは久々だ」
多少走ったために美紀はそんなことを漏らした。実際は授業でもっと動いているだろうが。
「前世くらいまで遡らないとだめだったり?」
「うん。ジュラ紀まで」
「一億年も使ってませんでしたかその体」
「そこまで激しく運動しなくてもいいんですよ」
「大物だ」
恐竜に襲われてパニックになる某有名作品で強キャラになれる素質があった。
その後数時間二人は遊ぶチャオを眺めていた。
「今日は有意義な時間が送れたよ」
「いえいえ」
「それじゃーねー」
「あー、そうだ」
美紀を呼び止める。
「僕は、チャオが悪かったわけじゃないと思うよ」
文人の続く言葉を聞いて、美紀は目を少し見開いた。
「人間がチャオを愛せなかっただけだよ」
その言葉が驚き以外のどのような感情を彼女に与えたのだろうか。
「ありがとう」
彼女はそう言って微笑んだ。