side-2

 文人は散歩に行こうとしていた。休み時間は少ない時間ながら塵も積もれば山となりそうな一日の中に数多く存在する散歩タイムだった。
「ヘイ、そこのジャパニーズ散歩ボーイ」
「……それって」
「間違いなく君のことだよ」
 美紀に呼び止められてしまった。どうやら彼女は友人達と楽しく会話中。男性である自分が必要とされる状況ではないように見える。
「一体、どのようなご用件で」
「ななみみの特殊な日本語が通じる人間なんていないって言ってるんだけど、大森君には通じたとか言っててさ」
「さすがにないよね?」
「うーん、どうなんだろう」
 美紀友人の興味津々な問いに曖昧に返すしかない。実際通じてるんだか通じてないんだかな状況だ。
「ならばこの場で証明してみせる」
 美紀の目がきらりと光った(比喩)。そして文人を睨む。文人も視線でそれに応える。この状況であれば視線交換はアイコンタクトのように思われるが、二人のしていることは間違ってもそう解釈のできないものであった。威圧し合う二人。美紀は、文人に通じるか通じないかぎりぎりを狙い定めつつわからなかったら殺すつもりであるという意味合いの視線を投げかけた。文人はなんとなく面白そうだったので特に何も考えず睨み返していた。そして美紀の友人達は既に不可思議なものになっているこの光景に引きまくっていた。
「テケリ・リ」
 美紀が選びに選んだたった一つの答えが文人を襲った。文人はそれを受ける。真っ正面から受ければそれは心臓に風穴を開ける強烈な弾であったが、文人はそれを柔の精神でもって受け流した。
「テケリ・リ」
「ほら、通じた!」
「いやこれ日本語じゃないから」
 そして最後の突っ込みまで通して一連の攻防は終わる。満足のいく出来だ。観衆が絶句しているのも当然と言えるだろう。
「なんていうか、まあ、会話になってるっぽいのはわかったけどさ、どうやったらそんな会話ができるのさ」
「修行が必要だね」
「……したの?」
 文人の方を見る。そんなのしてないだろ絶対、という目つきで。
「したよ」
 笑顔で返答。
「えっちな修行」
 場がざわついた。直前まで異常なものを呆然と眺める会であったはずのものが今では様々な憶測を飛び交わせる会になっていた。
「……したの?」
 先ほどと全く同じ文句の質問ではあったが、その問いには前のとは違う意味合いがあったし興味もこちらの方が上であった。
「いや。嘘」
「……」
 正直に答えたが疑いの視線が文人と美紀に集まる。そして美紀の視線もまた文人へ向けられた。ただしこれはジト目だ。
「なぜ君は誤解を招くようなことを言うのかね」
「誤解じゃなくなるよう努力します」
「しなくていい。散歩でもしてなさい」
「はい」
 こうして誤解が生まれたが、美紀の日本語は少なくとも文人には通じるという認識は疑いようのないものとなったのだった。

このページについて
掲載日
2010年7月16日
ページ番号
5 / 9
この作品について
タイトル
きっと楽しい。
作者
スマッシュ
初回掲載
2010年7月16日