第二話 そんなに最強の小説を書きたいならそれ以外の小説は殺せ
第二話 殺した
小説を書くことは簡単だ。
一つの小説を書いているうちにまた新たな物語が浮かんでくる。
だから、一作書き終わったら、ただちに新しく思い浮かんだ小説に向かえばいい。
それだけのことなんだよ。
小説を書くというのは、存外、難しいことじゃないんだ。
それはとってもシンプルで簡単なことなんだ。
書けば書けるんだよ。
でもそれって、本当に誰にでもできることなのかしら?
誰にでもできるわけじゃないことを簡単だと言うのは悪質な詐欺よ。
確かにそうかもしれない。
でもね、ちょっと待ってほしい。
なにも僕は君を騙そうとしているわけじゃないんだ。
それに、誰にでもできることなんて、この世に一つとしてあるだろうか?
そういう視点に立ってものを考えれば、僕の言う『簡単』だってそんなに非人道的な言いようじゃないはずだよ。
わかった。
あなたは非人道的なことは言っていない。
うん。
僕はちゃんと人道的に話をしている。ちゃんとね。
だから話を先に進めよう。
そうだな。
僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、僕が小学生の時だった。
なぜ人は自分の人生を語る時、過去の方ばかりを見て、未来を顧みることをしないのだろう?
過去に真実は無い。
そこにあるのは過去になったものだけだ。
真実は常に現在か……もしくは未来に握っているものだ。
過去というのは、僕たちに真実を与えたものたちの残骸でしかないんだ。
だから過去を見る意味は無い。
未来を見れば良い。
未来には真実があるのだから。
チャカポコ……チャカポコ……
だから、僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、僕が小学生の時だった。
人類は疲弊していた。
人類は、人類という存在に絶望を抱いていた。
誰もが、その生物のくだらなさ、限界というものを理解しつつあった。
かつては人工知能の侵略を恐れていたが、今ではそれを容認する気分が強まっている。
全てを機械(つまり人ではないものだ)に任せて、人類は各々の繭に入っていた。
繭の中は、人間同士の摩擦が無い。
摩擦を強いられることが無いからだ。
他人との接触は絶望を生むばかりだ。
愚かな他人は、愚かな自分を鏡写しにする。
愚かな人類を一人また一人と見つけるごとに、自分もまたその愚かな存在であるのだという自覚を深めさせられる。
だから人類は他人との接触を強く拒むようになった。
その願いが叶えられるのであれば、かつての模範など捨て去ることは容易だった。
さて、繭の中には小説があった。
それ以前から人類は小説というものを知っていた。
だが、本当の意味で人類が小説と出会ったのはこの時であった。
空想の世界こそが、人類に残された最後のアルカディアだった。
アルカディアにあるのは――愚かで絶望に満ちた人類の奥底にあるはずの可能性だ。
人類の奥底にあるはずのその可能性。
それは本当は存在しないのかもしれない。
だがそれを人類が手にすることができれば、その時人類は、かつて信じられてきた輝きを取り戻す。
そのことに人類は気付いたのだ。
ゆえに繭の中に居続けることが、人類の正しい生き方となった。
つまり僕が小説に出会うことはごく自然なことだったと言える。
そのための環境は既にあったことは、おわかりいただけただろう。
チャカポコ……チャカポコ……
だから、僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、僕が小学生の時だった。
繭の中で芋虫は蝶になる。
繭の中でチャオは不死になる。
であれば人類もまた繭に入れば何者かに変わるのだろうか。
繭に入れば変わるというものではない。
人間は愚かに出来ている。
怠惰に過ごして、それでありながら変わろうとする。
しかし人類はそんなに良く出来た生き物ではない。
繭に入っても変わらない者はいつまで経っても変わらない。
だが人類は変わることを志した。
繭の中で芋虫は蝶になるように。
繭の中でチャオは不死になるように。
人類は美しい存在へと変貌せねばならない。
そうしなければ、人類はいつまで経っても人類らしく愚かで醜いのだから。
ゆえに繭の中に居続けることが、人類の正しい生き方となった。
つまり僕が小説に出会うことはごく自然なことだったと言える。
そのための環境は既にあったことは、おわかりいただけただろう。
チャカポコ……チャカポコ……
だから、僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、僕が小学生の時だった。
人類は完全変態を遂げるために繭の中に生きた。
人類は未だに醜かった。
人類は変貌を遂げようとしていた。
人類は未だに愚かだった。
人類は今や羽ばたこうとしていた。
人類はかつて信じられてきた美しさを忘れようとしている。
人類はかつて信じられてきた美しさをその手にしようとしている。
やがて人類は人類を見下すことになるだろう。
やがて人類は人類を見上げることになるだろう。
それが人類にとって幸せなことなのか。
それが人類にとっても幸せなことなのか。
それは人類にはわからなかった。
おそらく人類にもわからないだろう。
だがいつか人類は答えを出す。
人類が答えを出せないままでいるのをよそに、人類は答えにたどり着く。
人類は完全変態を遂げるために繭の中に生きた。
そうしなければ、人類はいつまで経っても人類らしく愚かで醜いのだから。
ゆえに繭の中に居続けることが、人類の正しい生き方となった。
つまり僕が小説に出会うことはごく自然なことだったと言える。
そのための環境は既にあったことは、おわかりいただけただろう。
チャカポコ……チャカポコ……
だから、僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、
そんなことはもう当然わかるよね?
小説を書くことは簡単なんだ。
一つの小説を書いているうちにまた新たな物語が浮かんでくる。
だから、一作書き終わったら、ただちに新しく思い浮かんだ小説に向かえばいい。
それだけのことなんだよ。
小説に出会った時のエピソードなんて、一つ話したら、またもう一つ話せばいいんだ。
そうすればまたもう一つ話すことができるようになる。
そのサイクルを続けていればいいんだ。
一つ話せば、一つ思い浮かぶ。
思い浮かんだものを一つ話せば、また一つ話が思い浮かぶ。
だから、いつまでも話し続けられるだろう?
小説を書くというのは、少しも難しいことじゃないんだ。
それは全くもってシンプルで簡単なことなんだ。
書けば書けるんだよ。
小学生の時のことを語るのに過去を見る必要は無いんだよ。
小学生の時のことを語れば、また新しい小学生の時のことが思い浮かぶのだから。
そう、未来を見れば良いんだ。
未来には真実があるのだから。
チャカポコ……チャカポコ……
だから、僕が小説に出会った時のことをまず話そう。
それは……そう、僕が小学生の時だった。
チャカポコ……チャカポコ……
チャカポコ……チャカポコ……