第一話 小説なんていつだって書けるものさ
    第一話 赤い小説と白い三日月
 たとえば、まだなにも書かれていない真っ白な原稿の上で十万文字の小説を書くとして、全ての人類は多量の時間をかけてでも、それを書きたいと願うものだ。
 でも、小説一作そのものに、彼らはそこまでの時間をつぎ込むことはないだろう。
 彼らは、書き上げた小説と共に用意される、<快感>を吟味するために書いているのだ。
 頭の中にしか存在しなかった空想が文章として現実のモノと化する快感。
 綿密に構成、配置された言葉同士が互いを磨き上げて新たな装いを見せる快感。
 最後に、熱心な読者からの称賛の言葉。
 それらが揃わないと、全てがただの無意味な文字列になってしまいかねない。
 だが、それらが揃えばどうだろう?
 日常ではパッとしない少女が、衣装をまとい、咳一つさえ響き渡るホールの真ん中でスポットライトを浴びながら、厳粛な声を上げ、指を天高く差した瞬間、彼女は女優になるように。
 どこでも見られるはずの三日月を、深い森の中でぽっかりと空いた空間から、黒猫を肩に乗せ、箒を片手にそれを見上げる少女と描き合せた瞬間、その光が幻想的で文学的な輝きを帯びるように――
「あの三日月を取ってきて」
 取ってきません。
 だってこれは三日月の話ではないから。
 三日月は次の日には三日月でなくなるが、小説はいつ書いたって小説だ。
 すなわち小説は時期を問わず、変わることがなく、そして不滅なのである。
 いつでも書ける。
 いつだって書ける。
 いつまでも書ける。
 それが小説なのである。
 ところで聡明な読者諸君はお気付きかもしれないが先述の『日常ではパッとしない少女が~~』から『「あの三日月を取ってきて」』までのフレーズは、それがしさんの文章をそのまま引用したものである。
 それがしさんは本当に良いフレーズを小説に入れてくる。
 本当に、本当に美しい。
 この雰囲気を真似ようとしたって、容易には真似できない。
 真似するつもりで書いても、真似ができない。
 なのにそいつの文章はやたら美しい。
 そういうのを見ると死ねって思いませんか?
 思いますよね。
 それが小説の種です。
 激しい感情は小説を生みます。
『一度だけ「好き」と思った一度だけ「死ね」と思った非常階段』
 っていう東直子さんの短歌もあるからね。
 才能の輝きを見ると、その輝きをも上回る我が漆黒の才能で踏み潰してしまいたくなるのは人間として当然の本能を言わざるを得ません。踏んづけてやるっ!
 何度も何度も好きと思ったし何度も何度も死ねと思って生きてきた。
 この場合、殺す方法はやはり文章だ。
 文章によって抱いた殺意は、文章によって解消されねばならない。
 言葉のナイフを突きつけるのである。
 でも言葉のナイフっていい加減に使われ過ぎて、そろそろ錆びてそう。
 錆びてたら突きつけても切れないかもだし、なにより錆びてたらかっこ悪い。
 だからどうした言葉の斬馬刀で死ね。
 死んでんじゃねえよ死んでる暇あったらとっとと小説を書け。
 小説を書くことに苦しみなど存在しない。
 ただ小説を書く。
 とても自然に小説を書く。
 物語を考えることは大変じゃない。
 とても自然に小説を書けばいい。
 十万文字に足る物語を構想してそれを実際に書き上げることは少しも大変じゃない。
 とても自然に小説を書けばいい。
 赤いロブスターを供する時にどうするべきかなんて、答えはおおよそ決まっている。
 欠けがない丸くて白いお皿。
 色とりどりの野菜。
 濃厚なソース。
 赤いロブスターをいかに調理して、なにと一緒にするかなんて決まっている。
 奇をてらったところで、よほどの才能のもとにおこなわなければ味を損なうだけだ。
 だからとても自然に調理をすればいい。
 それと同じだ。
 とても自然に小説を書けばいい。
 ガラス製のドアノブは壊れる。
 雪と氷の世界では誰かが滅びようとしている。
 チャオラーを親に持つ子供は二十年前のドリームキャストを再び動かす。
 少年少女の関係を永遠に生きるライトカオスと重ねたのなら、その関係はやがて崩れる。
 空高くからチャオの卵が降ってくれば、パカッ?生まれ・・・・ました!?
 とても自然に小説を書けばいい。
 手始めに我が殺意を披露させていただいた。
 しかしこれはほんの≪第一階層≫に過ぎない。
 もっと深く……もっと深くへと潜っていく。
 沈むことは気持ち良い。
 だからどんどん沈みたくなっちゃう。
 でも仕方ないよね。
 だって沈むことは気持ち良いんだもん。
 だからあなたはどんどん沈んでいく。
 深く……深く……。
 なにも怖くないよ。
 だって、深みに沈むことは気持ち良いこと。
 そうでしょ?
 さあ、どんどん深い所に沈んでいくよ。
 これから10、カウントダウンをします。
 カウントが進むごとにあなたは深みに沈んでいく。
 そして、カウントが進むごとにあなたの感じる快感も強くなっていく。
 もし最後まで沈んだらあなたは……ふふっ、あまりの快感に気が狂っちゃうかもしれないね。
 でも気にしなくていいの。
 だって、深みに沈むことは気持ち良いこと。
 そうでしょ?
 10……
 沈んでいく……少しずつ……
 9……
 ちょっとずつ気持ち良くなってくる……
 でも、上を見るとまだ光が見えるよ……
 8……
 もっと、もっと深い所へ……
 7……
 沈めば沈むほど気持ち良くなる……
 6……
 ほら、気持ち良くなってきた……
 5……
 もっと深い所に行きたい……もっと気持ち良くなりたい……
 4……
 もう上の光は見えなくなってきたよ……
 でもまだ深く沈めるよ……
 3……
 もっと深く……もっと深く……
 3……
 あれれ?おかしいね?
 まだ沈めるのに……
 このままだと気持ち良くなれないね……
 3……
 もっと気持ち良くなりたいよね?
 頭がおかしくなるほどの快感で死ぬほど気持ち良くなりたいよね?
 そうだよね?
 だって、深みに沈むことは気持ち良いこと、だもんね?
 いいよ……
 じゃあ、気持ち良くなろっか……
 2……
 沈んでいく……
 気持ち良い……凄く気持ち良い……
 でも、まだ深く沈めるよ……
 1……
 0!!
 0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!0!!0!!0!!0!!!0!!!0!!!0!!!0!!!
 ようこそ我が深淵へ。
 これは我がろっどの物語である。
 もしくは我がそれがしの実家編と言ってもいいだろう。
 あるいは、究極的に言えば、我はろっどで我はそれがしである。
 すなわちこれは厳然たるノンフィクションであり、歴然としたチャオ小説であるチャオ~。
 深淵こそが現実。
 チャオ小説こそが真実。
 そこに全てがあり、全てはそこにしかない。
 さあ、このまま進もうではないか。
 この快楽にあふれた、素晴らしき小説の世界を……。
 0!!!

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