3 乱戦
「そういえば、ここからどうすれば良いのか、聞いてなかったね。」
「ですが、じっとしている訳にもゆきませんし…ああっ!」
「え?なになに?」
空中要塞「ルシファウンド」、その中央部庭園の噴水に腰掛けていた真瀬は、
仲間の計画が順々に進んでいるのを、知った。
なぜならば、聞こえたからだ。
世界を一つに束ねる声が。流麗な音程となって。
「…計画、進んでるらしいね。」
「そのようです。だとしたらば?」
「〝決戦の地〟へ、いざっ!」
洒落込んだ口調で叫んだ後に、空中要塞を、真瀬は後にした。
剣戟が唸りを上げる。悪魔の叫びが茫然と響く。
片や、怨念を心に抱き、自らの弱さを知らず、永久に復讐を唱えてきた者。
片や、そんな自分から脱し、強く立ち上がり、己の信ずる為に唱える者。
正負の対決、氷と雷が今、激突を始めていた。
―風が呼ぶ 私をこの地に―
地獄のアバドン、その娘たるアルシエルの司る能力は、氷。
自在に氷を生み出し、集め、弾けさせる。
対に、「三つ巴」一角、堕天使ルシファーの司る能力は雷。
大気の摩擦、それゆえに稲妻を多々、華麗に操る。
氷は、大抵の場合、攻撃には向かず、雷はルシファー独自の天才的能力によって生み出される、絶対的な破壊力を持った力であった。
「何の為に動く?何の為に立てつく?この世は詰まらぬ事だらけだ。滅ぼしても、理を捻じ曲げようとも、問題は無い。」
最初の居場所から一歩も動かず、その万力を振るうミカエルは、ひたすらに問い詰めていた。
何故、と。
「お前も知っているはずだ。この世は理不尽すぎ、どうしようも無いことだらけだという事を。」
一方、防戦を余儀なくされた日高の方は、答えている隙も無い。
もちろん、相手も答えを要求している訳では無いようなので、答えるつもりも無かった。
が、それでも、その考え方には、どこか懐かしい響きを帯びている。
「努力は無に帰し、想いは灰と化す。純粋たる者は、もう、どこにもいない。」
その言葉の断片から、今まで味わって来た苦しさ―哀しさ―負の感情、全てが捉えられた。
ゆえに、日高は共感出来たのである。自分と同じ境遇を味わって来た者として。
だが、決定的に、両者は違っていた。
「だから、理不尽を理不尽で覆す。僕の―」
「違ってる!」
大声を上げた日高の目には、今やもう、この世を恨む欠片も見られなかった。
ただ一つ。倒すべき相手を、見据えている。
―美しき世界は もはや失われ―
「…。」
「ああ。そうだよ。お前の言ってる事は最もだ。」
次々と繰る稲妻を、氷の盾で防ぎは防ぎ、更に防ぐ。
止む事の無い電撃が、その音から、どれだけの威力を秘めているのかを感じ、なお恐れない。
「でもな!!」
一辺に迫り来た稲妻を、周囲一帯を全面凍結し、耐え忍ぶ。
「力で支配する何て考えは、馬鹿げてる。」
静けさが戻った城内の頂に、声が響いた。
怒れるミカエルが、更に怒りを増して、言う。
「馬鹿げてる?そうでもしなければ、何も変わらないだろう!」
その怒りが、雷となって、現実を現す。
「教えてやろう!純粋たる生物、その象徴が〝悪魔〟だ!かの〝悪魔〟らの姿は、純粋さゆえんに、混沌の文字を取った言葉で連ねられている!」
日高には何を言っているのか、分かったような気がした。
なぜならば、彼もそう言っていたから。
―たった今 在るのは 確かな悲しみだけ―
「シー・エイチ・エー・オー!組まれる単語は〝チャオ〟だ!この意味が分かるか!」
稲妻は一層深みを増したかの如く、荒れ狂う。
それら全てを交わし、または凍らせ、または防ぐ。
「人間なんか、この世から消し去った方が、全体の辛さは消える!〝死〟の救済だ!そして純粋たる〝悪魔〟が、世界を支配する!」
アルシエルも、日高との長きに渡る付き合いから、感じ取った。
自ら見てきた辛い過去を、その惨状を、象徴していて、現しているモノ―
〝現実空間〟及び「世界」を滅ぼす事によって、己の思うがままの世界を創り出そうとしている。
「それが、僕が今まで味わって来た全てに対する、等しき対価だ。」
「やっぱり、違ってるな。シエル。」
続きを受け継がれたアルシエルは、ふっと鼻で(無いが)笑って、こう言った。
「残念だが、ルシファー。そしてミカエル―」
―だけど 振り向かなくても 分かる―
「―「不幸」など、この世には存在しないのだ。」
そう、己が禁じていた単語を、堂々と、アルシエルは言ってのけた。
地獄のアバドン、たった一人の父であるアバドンを亡くした、「不幸」なはずのアルシエル。
その本人が、自らの境遇を否定した、いや…。
境遇の捉え方を、否定した。
「良いか?よく聞けよ。「不幸」かどうかは、自分で決める事だ。そうだろ?」
「だが、一人間が足掻いたところで、「不幸」の現状は覆せん。」
「だから、覆すのはそっちじゃない。」
そして、一言が、ミカエルを貫く。
「自分を覆すんだよ。意志でな。」
―そこには やっぱり あなたがいた―
3 乱戦 完