2 復讐
それは大陸の如く端然に。戦艦の如く隔絶に。
空中に都市を築き上げた。
名付けた名は、空中要塞、『ルシファウンド』―堕天使の名である。
元より、「悪魔の軍勢」を束ねる人間の盟約主の名でもある。
そう、人間―なのだ。
「…ルシファー。本当に〝フェニックス〟は滅んだんだな?」
「はい。間違いありません、閣下。」
「悪魔の軍勢」よりて、「閣下」と呼ばれる人間―
悪魔の力に支配されず、逆に怨念と逆襲の念で支配した人間―
実名、ミカエル=サラウンド。
頭脳明晰にして成績優秀。性格は他に尽くし、友好的である明るい性格。
そう、日高 立と、瓜二つの性格。
だが、彼もまた、絶望の淵にあった。かつての日高と同じように。
「僕らの〝荒天〟も時が、刻一刻、迫っている。」
「はい。そのための準備も、全く万全です。」
「そして必ず、この世界を創り出した万物の創造神、そして、僕を見捨てた奴らへ―」
「はい。復讐を。」
実は、天界にての階位がある。
創造神。『万物を創りし』と言うように、理を生み出した者。人間の偶像的な言語で、
神。
それが、頂点に立つ、天界の王である。
次に、『三つ巴の』と形容される、三つの支配下。側近。
堕天使ルシファー、神鳥フェニックス、地獄のアバドン。
地底、深く、深くに住む、天界の罪人を裁く〝地獄〟、その最下層。
そこを司るのが、アバドンである。
法廷「ゲヘナ」―そこを通らなければ、罪人は罪を払えない。
しかし、堕天使ルシファーは、アバドンを取り込み、罪状を消し飛ばした。
取り込まれたアバドンは、ルシファーの体内にいる。
一人だけの、娘を残して。
その名はアルシエル。彼女も、父を殺めたルシファーに、〝復讐〟するべく、降りてきた。
日高の元へ。
神鳥フェニックスは、理を捻じ伏せる者はいかなる場合に措いても裁くべき、といった堅物なのである。
よって、〝降臨〟に時間はかからず、降りてきた「場所」―
他でもない、幸山 深雪であった。
恐れたルシファーはこれを治め、フェニックスをモハーの断崖まで追い詰め、これを討つ。
全ては回り、今に至る。
「失敗は、有り得ない。」
「はい。」
「さてさて、僕の宿敵の様子を拝むとしよう、ルシファー。」
空中要塞に、爆音が轟いた。
「ふう…大分疲れてきたなぁ。」
「我を前にして以下ほどの力量、特と見受けたし。差ながらも動じぬ真なる心、この〝ガルマ〟が打ち砕こう。いざ、〝八剣〟!」
八つの刃が空中に輝き、その閃光で空を裂く。
「剣士」最強最大の力、一点集中一撃必殺の剣技。
それが今、解き放たれようとしていた。
「よりによって八かよ。俺の苗字と被るンだよなァ。」
「退くならば端から来ずとも良かろう。しかして、訊こう。なぜ戦う?」
大剣を軽々と振り回し、最強最大の剣技に対抗するべく、鋼鉄の鎧を外す。
簡単な服装となった八ヶ岳は、大剣を上に高々と持ち上げた。
「俺はこの先に、行かなくちゃならねえ。」
「なにゆえか。」
「惨めな俺を突き放し、それでも裏切らなかったアイツへの、俺が出来る全てだ。」
「…信念に措いて、ここに立つ―我が戦った内でも、最も強き力を誇り、我を打ち破った者の言葉に、騎士よ、そなたは背かず、立ち向かうというか?」
微笑ではない、苦笑ですらない、偽りの交じらない笑みを浮かべ、八ヶ岳は大剣を下ろす。
そして、叫んだ。
「ったりめーだァ!!」
その声は、彼の思惑通り、少年の心に、届いていた――
「うし。到着だな。」
「ここより先は敵地。油断は禁物にて禁物。立、無茶はするでないぞ。」
アルシエルにたしなめられて、仏頂面を瞬時、見せる日高であったが、
数秒と立たない内に気を取り直し、隣の“熾天使”に声をかける。
「みんな、頑張ってくれてるからな。ここからは飛ばすぜ。」
「それでも付いて行くって、あたし、言ったでしょ。」
「―…立さま…。あなたの心の赦す限りで良いのです。どうか、どうかルシファーをお許し下さい。」
セーレが懇願するように、言った。彼女は日高の事を「さま」付けで呼ぶのだ。
そう、彼女はルシファーの娘にして、天界最大の“治癒師”であった。
それに基づき、誰よりも人の心に敏感な真瀬を、選んだのである。
「ああ。分かってる。」
日高も、そんな彼女の心を理解してか、肯定した。
「問題は、あいつが反抗して―」
「―召喚した時、だな。」
古風な口調で喋る、アルシエルが、結論を先急がせるべく、口早に済ませる。
「よし。行こう。」
「立さま。くれぐれもお気を付けて。お怪我、なさらぬよう。」
「本当の本当に気を付けてね。」
「ああ、もちろんだ。」
振り向かず、前だけを見て。
自分の道を進む。自分だけしか進ませない。
だから、彼は仲間の声を心の内に聞き、それを受け止め、呟くように言った。
「俺は、必ず戻るよ。」
2 復讐 完