2 復讐
鋼鉄の鎧をまとった、自称「正義の執行長」は、ただひたすらに走る。
長らく人の世から離れていた自分を、一人の友人として扱ってくれた、お返しとして。
「おらおらぁ!邪魔だァ!」
「正義の執行長」は、ただひたすらに、友人の前に立ちはだかる敵を、薙ぎ倒していた。
「ふう―“鉄羽”も好い加減にして欲しいですね。あれでは―」
「そうでも無いのではないか?」
一見して「チャオ」と分かる外見をしているのは、崖の上に立つ、少年。
姿無き声の主、「チャオ」である少年…ジェネティ・ディベロッフの盟約主は、
「壮観だ。多数の悪魔相手をするならば、あれほどの逸材はいまい。」
「でしょうが…。冷静さが欠けていますね。」
「ジェネティ、それは贅沢と言うものじゃよ。“鳳”よりは、幾分―」
続けようとした言葉を、ジェネティが受け取り、口にした。
「マシですね。」
英雄の〝聖誕〟より、早き事、2年。
後に『完全なる天成』と呼ばれる少年は、その頭脳の冴えを利用し、狡猾な手段を得―
〝復讐〟のために、思うが侭、大いなる力を振るっていた。
他でもない、誠意と愛情を、更なる誠意と愛情で返してくれた、彼女の為に。
彼女が〝復讐〟を臨んでいなくとも。
その内面を秘め、『完全なる天成』、通称“鳳”は、九つの仲間と共に、「悪魔の軍勢」を占めにかかっていた。
「んん?何だお前?」
鋼鉄の弾丸を目前として、尚、敢然と立ち塞がるのは、「悪魔の軍勢」、「剣士」。
「予は〝ガルマ〟の担い手なり。鋼の意志を持ち得る騎士よ。予と刃を交える覚悟があるならば、腰に帯びる大剣、抜くべし。」
好感を得る青年の姿をしたそれは、中に悪魔の魂を秘めた、人間である。
―悪魔は人間を乗っ取り、地上で手にした力を行使して、天界までもを乗っ取ろうとしているのであった。
それゆえ、天界の〝魔化〟を恐れた他の悪魔らは、人間と共生し、盟約と呼ばれる儀式を経て、悪魔らと対峙する。
その、中枢。「悪魔の軍勢」を治める、五つの氷山。全称、「五帝」。
青年の姿をする悪魔、〝ガルマ〟の担い手、ソルジャーに対し、「正義の執行長」は。
断言する。
「いいだろ。お前の心意気ぃ!確かに受け取った!!」
無駄に、大きな声で、叫ぶ。
「俺の名前は八ヶ岳 宗一!翼が誇る“鉄羽”!…しかと見届けて、もらう。」
「良かろう。さあ、抜け。〝真なる鼓動よ、目覚め、時と共に歩むべし〟―」
両者共に、身の丈の倍ほどのある大剣を、軽々と構えた。
戦闘開始。空に浮かぶ雲の渦が、まさに今、開始の合図と嘆いた。
「ジェネティ、こんな所にいたのかね。」
行動を一にする、ジェネティ・ディベロッフの友人の一人―
中老に差し掛かる年老いの割合、表情は若く見える男性は、おっとりとした口調で告げる。
「“千羽”らも異論は無いよう。早急なる行動を、“朱雀”」
「了解しました。それでは、僕たちも散りましょうか。」
ふと、崖の上からの風景を見る。そこには、街、大自然、全てを見下ろせる光景が、絶え間なく広がっていた。
「…多少、名残惜しいですね。」
「心配あるまい。どちらにせよ、君が〝王〟なのじゃろう?」
ジェネティとしか名を持たない「チャオ」が、盟約主であるディベロッフに、確認された。
無論、ジェネティは頷く。彼は、指導力と戦略、頭脳戦に関しては負け無しの、参謀なのだ。
“鉄羽”、八ヶ岳 宗一(やつがたけ そういち)を第一線に送り込んだのも、戦略。
「“鳳”…そして、“凰”…。彼らに、永久の幸福がありますように。」
最後にそう言って、その場を後にした。
「“おおとり”は?まだなの?」
からかい言葉で話す彼女は、“おおとり”と呼称される少年を想う一人。
死に行く間に、自らの全てを表明した“凰”の、無二の親友。
真瀬 明日香であった。
「まだ…らしいですな。」
彼女の盟約主、セーレが、短くも的確な言葉で表した。彼女の言葉を本気に取っているのだ。
実際、少年が定刻通りに来た事など無い。いつも決まっている事だ。
彼女もまた、“鳳”、『完全なる天成』九つの仲間の一角。
“熾天使”である。
「お?おお?来たよー!」
通称するまでも無く、誰が言い始めるでもなく、中心人物にて最強。
華麗なる翼の主。氷の力を操る、“神格”。
日高 立。空を飛んで、やって来た。
「遅れた。」
「もお、大事な勝負時なんだからねっ。」
「む?立よ。定刻通りのはずでは?」
日高の盟約主、アルシエルが、確める。「彼女」は何かある毎に、彼をたしなめるのである。
もちろん、寝坊したなどと言ったら、説教ものだ。だから、彼はごまかした。
「それより!空中要塞に!突撃敢行だ!飛翔できるな?」
「まっかせといて。」
真瀬にとっては、最早“二人の世界”であった。アルシエルもセーレも置いてけぼりなのだ。
だから、先日のとある事件の結末を先急ぐために、彼女は念を押す。
「飛ぶぞ!」
「―全部終わったら、返事、もらうからね。」
飛翔が揺らいだ。“熾天使”はにやりと、勝利の微笑みをもらした。