1 聖誕
真瀬 明日香(ませ あすか)。密かに―ではなく、あからさまに「彼」へ思い馳せる少女である。
良い意味でも「差別」をしない、いわば人と人とに区別という堺を付けない幸山が、唯一、友人以上を認めた「四人組」、後の二人は、
「さっすが、しいちゃんは凄いねぇ。」
「別に…思った事を言っただけ。」
〝人を褒める〟技能に優れた、倉川 義美(くらかわ よしみ)と、
〝正論で民を動かす〟、清見原 汀(きよみはら なぎさ)である。
「しいちゃん」といった愛称は、
「…『シイ』?」
と、黒板に白墨で、大きくド派手に書いた「汀」を、真瀬が読み違えた事から付けられた。
「(何だろ…何か変…。)」
そう思う幸山の脳裏に、一人の少年の後姿が過ぎる。
はっと振り返ってみると、給食をいかにも楽しそうに笑ってる彼の姿があった。
が、
目が合いそうになって、素早く逸らす。
そう、最近になって、ようやく彼を意識し始めた幸山は、つい…最近。
彼に〝酷い仕打ち〟をしたばかりだったのだ。
いつも偉そうに、自分に勉強を教えてくれた少年―
本当はとても優しいのに、その優しさを欠片も見せない少年―
傷付き、立ち直れそうに無い自分を、一生懸命の「誠意」で、支えてくれた少年―
その彼の行動原理は、「愛情」だったのだ。
しかし、自分にはそういう気持ちが無いと、相手への侮辱とも取れる言葉を伝えた。
「(もしかして……。)」
その彼はというと、幸山の哀しそうな表情を見て、スプーンを取り落としてしまっていた。
「何やってんだよー。」
「らしくないなぁ、日高。」
落ちたスプーンを拾って、溜息を付くのは、日高 立なる少年であった。
「あはは…。」
苦笑いを浮かべながら、ちらりと横目で彼女を見る。
やはり哀しそうな表情をしていた。
と、
そんな「何でもない日常」の最中、
過去と現在の〝切断〟が、
荒々しく、その姿を見せる―
「何だぁ?!」
一瞬にして、校内は燃えていた。
警報が鳴っている。地鳴りがすごい。外には黒煙が舞っている。
〝悪魔〟―その惨状だった。
「―器のデカイ人間は、どいつかぁ?」
人間と差ほどの変わりも無い、まるで魔法使いのような服を身に付ける青年は、
一目でそれと分かった。なぜなら、
「(こいつ…手から…炎を出した…?)」
ありえない。ゆえに〝悪魔〟。
〝悪魔〟は人間を支配し、この世に繰る。
人間の中枢、核とも言える〝自我〟を崩壊させ、君臨する。
ゆえに〝悪魔〟、その出現。
「…ッ…繰り返す!避難せよ!第十三地区にて、〝炎〟の悪魔が召喚された!」
「決めたぜ…そこの女ぁ!」
右の人差し指で、差した先にいる少女―
そして、それを見て愕然とした少年―
足がすくんで逃げる間もない生徒達を背景に、それは跳んだ。
「もらった!」
「!!」
刹那、
自らに何かが起こるのを感じた。
悲しみは怒りへ、怒りは行動へ、意志は力へ、絶望は恐怖をかき消した。
その少年は、立ちすくむ生徒たちの中、ただ一人、動いていた。
〝悪魔〟の、炎の大剣を、己が身で防いで。
「な…らぁ!」
怒れ狂う〝悪魔〟は、その炎によって顕す大剣に、力を注ぐ。
その人間にはありえない力で、少年は宙を舞った。
「うあっ…!」
「ひ、日高!」
谷本が叫びを上げる。
偉そうに勉強を教えていた少年は、窓ガラスを突き破って、校庭へと真っ逆さまへ落ちていく。
「決定だ!全て全て全て全てぇ!俺の〝炎〟で炙ってやるぜぇ!」
最初に標的とされた少女―幸山 深雪は、
自分の傷付けた少年が落ちていくのを知って、しかし、どうする事も出来なかった。
悲しみという感情を、残していても。
ところが。
制服を乱した少年が、帰って来た。
後ろから、〝悪魔〟に跳び蹴りをかまして。
壁に激突した〝悪魔〟の表情は、すでに憤怒の形相だった。
「ぐぅ…ふざけるなよ、〝人間〟…!」
「(…ははは…足が震えてるよ…どうするっていっても、…)」
―させたくないといった感情が、形になる。
何も特別な力は持っていないはずの少年が、
〝悪魔〟から放たれた閃光を、
両手で「受け止め」た。
「んなあっ!?」
本人としては、
「(…うわ、危ね!…?)」
といった具合だったのだが、それでも、両手の前に、紅い炎は揺らいでいる。
人間は、特別な力と、悪魔に対抗出来るという意志、強靭なる心が無ければ、〝悪魔〟と対峙すら出来ない。
だが、逆に、
「対抗する」意志と強靭な心、果てし無い感情を持ち合わせていれば、条件は達せる。
そう、特別な力。
〝我が名を呼べ。誓約せよ、力欲しき者。戦いのみに身を殉じろ〟
驚愕する〝悪魔〟を目前にして、
〝我が名は〟
日高 立は、立ち上がる。
〝アルシエル〟
自らの、意志で。
黒に染まりし太陽を、分かつ為に。
「アルシエル!」
爆発が、沸き起こった―――...
1 聖誕 完