~05~

「いや・・・そんなのは、色んな理由が重なり合った結果だと思いますよ」
俺はストレートに、思ったままを口にした。
次の瞬間、森野さんの形相が変わった。

「馬鹿者!!!!」

突然の森野さんの大声に、俺はとてもビックリした。
「そんなの答えになってないじゃないですか!!
 そりゃ細かいことを挙げれば色んな理由はあるでしょうでも、そんなことはどうでもいいんです!
 あなたが昨日10時間、ヨコシマ君となをしたかと聞いているんだ!
 最初は意気揚々と、いかにも俺がヨコシマの親だ、俺はこいつを返品しなかったんだ、みたいな顔をしておいて、
 いざとなったらそうやってとぼけて逃げようとしている。
 いいか!ヨコシマ君の死に影響を受けるのは、何もあなただけじゃないんですよ!
 ヨコシマ君の友達たち、あのオニチャオ君に、なんと詫びればいいと思っているんですか!」

唐突に叱られた気分になって、俺はうろたえた。
どう詫びるかなんて、そんなことは俺に聞かれたって困るんだ。
その台詞を言えるのは、死んだヨコシマだけのはずだ・・・

「もしあなたがヨコシマ君の親なら、きちんとヨコシマ君の分まで説明をつけて下さいよ!
 もしあなたがヨコシマ君の友達なら、ヨコシマ君の分まで、頑張って精一杯生きて下さいよ!!
 ヨコシマ君が死んだのは、あなたがそれらの責任をきちんと果たそうとしないからだ!
 はじめは親だのなんだのと言っておいて、死んでしまったら見捨てるのか!?
 順序が逆かも知れない。けれどずっと前から、あなたには最も大切なものが欠けている!!!」

俺は面食らっている。
最も大切なものってなんだよ!?
俺が全面的に悪いのか?ヨコシマに友達や、森野さんも関係していたというのなら、
彼らには説明の義務がないというのか!?

森野さんを見ると、彼は、目に涙を浮かべていた。
そういえばここは、スーパーの中だった。
お昼時でしんとしたスーパーに、森野さんの声が響き渡っていた。

俺は非常にばつの悪い気分になっていた。森野さんの唐突な行動が、とっさに理解できなかった。
思えばつい最近、俺は同様にばつの悪い気持ちになったことがある。
あのチャオショップでのおもちゃ売り場での出来事だ。
チャオタワーを飼ってやらなかった俺にヨコシマが見せた、あの悲しげな顔。
その顔に、森野さんの涙の印象が重なる。

そうだ。俺はヨコシマの転生に、たった15000円すら賭けてやらなかった。

ヨコシマの転生は、本当に、そんな価値のないものだったのか?
一生分の幸せを得たかった子は、15000円のために死んでしまうのか?
今ヨコシマが生きていたら、俺はこんな寂しい思いをしたのか?

自分の注いだつもりだった幸せを、自分自身で消してしまった。
そうだ。俺はうぬぼれていた。
俺の持っていた幸せというのは、15000円の器も満たすことは出来ない、ほんの小さなものだったということだ。

俺の内側の弱さだ。

「俺だ、俺なんだ・・・俺がもっとしっかりしていれば・・・」
今更何を言ったって、ヨコシマは帰ってくるはずがない。
それを思うと、もう、どうにも出来ない。

そんな俺の肩を、森野さんが支えてくれていた。

「・・・いいんです。最初から何でも出来る人なんていないんです。ちょっとずつ進んでいけばいい。
 いつまでも泣いていちゃダメですよ。それに・・・私も少し、言い過ぎました」





受付を済ませた俺は、待合室の長いすに腰を下ろした。
足元をついてきた俺のチャオも隣にちょこんと座る。
ついさっき生まれたばかり、すぐ近くのショップで買ったピュアチャオだ。

俺は大きく息を吐き出す。
たったこれだけのことしかしていないのに、なんだかとても疲れた気分だ。
「どうかしたちゃおか?」
溜息をつく俺を、チャオは不思議そうな顔で見上げてくる。
「いや、なんでもない」
そう答えて俺は、病院の白い壁を見つめた。

思い出が、よみがえる。

新たなチャオとの生活に、かつてこれほど緊張したことがあっただろうか?
目の前の壁に映る微妙な陰影が、俺の記憶をちくちくと刺激する。
医師が俺を呼び、チャオと一緒に扉の中へ入っていくことを考えると、どうも落ち着けない。
俺は言い聞かせる。落ち着け、俺。
しかしそれに比例するかのように、俺の心拍はどんどん高まっていくのだ。


そう、またちょっとした気の迷いで、チャオのタマゴを買ってしまった。
あれからまだ1週間も経っていないのに、なんたる軽はずみかと、自分自身を叱咤する。
しかしそんな俺でも、顔に張り付いた笑みは、取り除けそうになかった。

気付いたんだ。
俺にとってチャオと過ごすというこの事が、一番の幸せになるんじゃないかということに。
俺はたった10時間でも、色んな人に幸せを注いで上げられるぐらい、自分自身を幸せにするんだ。
また、しなくちゃいけない。


俺は、新たな友達に声をかける。
「名前、なんにする?」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号
ページ番号
5 / 6
この作品について
タイトル
十時間の命 -His life has only 10 hours-
作者
チャピル
初回掲載
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号