~04~
幼稚園が閉園したあと、俺たちは近くのスーパーで夕食用の材料を買い、帰路についた。
アパートの扉を引いて、中に入る。
一昨日引っ越してきたばかりの俺の部屋には、物と呼べる物がほとんど無い。
たくさん飼っていたチャオたちも、心機一転するために、みな友人に引き取ってもらっていた。
「殺風景な部屋ちゃおね・・・」
「仕方ないだろ」
文句をつけるヨコシマを一蹴し、俺は台所へと、買ってきた材料を運ぶ。
材料を並べていると、ヨコシマが後ろからのぞき込んでくる。
「何を作るちゃおか?」
「シチューにしようかと思ってるんだけど、どうかな?」
「シチューちゃおか!それは楽しみちゃお!・・・でも」
「でも?」
「お前、ちゃんと料理できるちゃおか?焦がして失敗とかしそうちゃお・・・」
そういって横目で俺を見てくるヨコシマ。
そうかい。そんなに俺は、料理が下手そうな顔に見えるかい。
「嫌なら食べなくてもいいぞ」
俺はまな板と包丁を出して、タマネギを刻み始める。
「いやいや、滅相もないちゃお!
言いたかったのは、失敗しないように注意しろってことちゃお!」
・・・畜生、むやみに涙が出てきた。
「集中できないじゃないか!あっち行って、昼間買ったおもちゃで遊んでろ!」
「はいはいちゃお~」
ヨコシマはそう返事すると、背を向けて、居間へと向かって駆けていく。
調理中、ヨコシマはずっと、俺の買った小さなミニカーで遊んでいた。
小さなミニカーが、引っ越したばかりで何もない部屋の床や壁を走っている。
そんな光景を見ていると、チャオタワーを買ってやらなかったことが悔やまれる。
自責の念が、俺を襲う。
殺風景な部屋に、小さなミニカーと、病気のチャオだけなんて、悲しすぎるじゃないか・・・
夕食の席でも、ずっと、そんなことを考えていた。
なかなか食べる手が進まない俺を、心配そうにヨコシマがずっと見ている。
「ああ、大丈夫、何でもない」
そういって、一口、二口、料理を口に運ぶものの、俺はまだ、さっきの考えに捕らわれ続けている。
夕食は静かに進み、やがて終わった。
俺は食器を流しに運び、食器を洗う。
ヨコシマはいつの間にやら、居間でごろごろくつろいでいる。
今日は、星がやたらによく見えた。
窓を通して星を見ながら、一生分の幸せって、どんな量だろうと考えた。
あの空に浮かぶ星のように、どんなに手を伸ばしても、決してて掴みきれないものなのだろうか。
ふと気が付いたときには、ヨコシマは居間に座り込み、ポヨを渦巻きの形にしていた。
やがてその体は薄いマユに包まれている。
俺はあわてて、そのマユに駆け寄る。
マユの色は、灰色だった。
一生分の幸せを10時間で味合わせるためには、俺は如何せん力不足だった。
いや・・・力不足というのは、正確ではない。
ただそれを起こすためには、奇跡かそれに準ずるものが必要だったと言うことだ。
運も絡むだろう。相性も絡むだろう。
もっとちゃんとこの時を予測していれば良かったなと、今更ながらに後悔した。
死ぬ可能性の方がずっと高かった。転生に賭けるなんて、虫が良すぎた。
ヨコシマの死を目の前にして、俺は何も出来ない。
マユが消えたあとには、何も残らなかった。
ただ、俺の心の中に、ヨコシマはずっと生き続けるんだ。
わずか10時間の命だったけれど、忘れたくない。忘れない。
ヨコシマの10時間にあった幸せは、俺の一生分の幸せの一部分を形成してくれるはずだ。
俺がヨコシマの分まで、幸せに生きないと・・・
その晩はなかなか眠りにつけなかった。
翌朝起きても、あまりやる気が起きず、昼過ぎまでパジャマで、朝ご飯も食べなかった。
このままじゃダメだな、いつまで引きずっているんだと思い、
昨日買った残りで、何か作って食べようと思ったが、見ても大したものが残っていない。
財布を手に取り、また昨日のスーパーへ行くことにした。スーパーに着いたので、何を作ろうかと物色していると、あの人に出会った。
突然声をかけられたので、最初は誰かと思った。チャオ幼稚園の園長、森野さんだ。
森野さんは昨日のように、にこやかな笑顔で俺に声をかけてくる。
「おひとりですか?」
「ええ、まあ・・・」
チャオ幼稚園の外で見る森野さんは、何となく、園長と呼ぶのが似つかわしくない人物のように思えた。
森野さんは辺りをきょろきょろ見渡して、ハッと目つきが鋭くなる。
「ひょっとしてヨコシマ君は・・・」
「ええ、昨日の晩、マユに入って、それで・・・」
こんな時、なんと言ったらいいのだろう。
「・・・残念でしたね。せっかく買ったタマゴだったのに」
「いえいえ、仕方なかったんです」
目を伏せる俺に向かって、森野さんはさらに言葉を投げかける。
「どうしてヨコシマ君は死んだんだと思いますか?」
どうしてって、俺は、すぐに答えることが出来なかった。
というか、そんな質問に答えなどあるのだろうか。
俺の可愛がり方が足りなかったのかも知れない。
でも病気のチャオが死んでしまうと言うのは、自然の摂理という風にも思える。