~02~
椅子に座った初老の医師は、深刻そうな表情を浮かべていた。
さっきまでとは比べものにならないほど、その机の上は散乱し、何かあったという雰囲気が言わずもがなに伝染した。
医師が、おもむろに口を開く。
「このチャオは生存時間が極端に短い病気にかかっています。」
正直、突然何を言い出すのかと思った。
医師は机の上の一枚の紙を取り、俺にそれを見せてくれる。
「先天性生存寿命障害」と書かれたその紙には、医師の言う病気について、事細かに書かれているようだ。
医師は重々しく言葉を続ける。
「そこに書かれているとおり、とても稀な・・・それでいて重い病気です。
日々の生活には全く支障は出ませんが、寿命がごく短く、このチャオの場合ですと、
先程の検査の結果によれば、きっかり10時間後には寿命を向かえるでしょう。
なお、他の検査には異常はありませんでしたので、10時間以内であれば普通のチャオと何ら変わりありません」
医師は一息に、淡々と説明し上げた。
言われて、隣に座ったチャオを見る。
ヨコシマはとても驚いていた。
俺は医師に問いかける。
「すいません。もう少し教えて下さい。
この病気、治療することは出来ないんですか?
それから、この病気にかかったチャオは転生出来ないんですか?」
医師はゆっくりとうなずいた。
「残念ながら、治療方法はまだ見つかっていません。
原因も先天的なものであるとしか分かっていません。
この病気のチャオが転生したという事例も、ごくわずかであればありますが・・・
普通のチャオで言う一生、6年分の幸せを10時間のうちに詰め込む・・・
そこまで仲良くなるのは、正直に申し上げますと、ほとんど不可能です」
それを聞いて、ヨコシマが騒ぎ出す。
「チャオはきっと転生してやるちゃお!きっときっと!!」
「分かったから」
俺はチャオをなだめる。そして内心、決意していた。
看護師が聞く。
「どうされますか?このレベルの障害を持ったチャオなら、
購入店舗に申し出ることで無償交換、返金してもらうことも出来ますが・・・」
俺は看護師の台詞を聞き流す。
「このチャオを飼います」
「本当ですか?」
医師と看護師は、とても驚いている。
「私は以前何度かチャオを飼っていたことがあったので、大きな出費が伴うわけでもありません。
10時間しか生きられなくても、普通のチャオと同じなら問題ありません。
何より、飼い主に育てられないというのは、かわいそうです」
医師は俺の言葉を神妙に聞いていた。
そしてしばらく考えたのち、うなずいた。
「分かりました。患者の決定を尊重しましょう」
病院を出た俺は、妙に高揚した気分になっていた。
やる気に満ちあふれていたと言っても、過言ではないだろう。
珍しい病気に出会えたということで、俺の研究心が久々にうずき出したと言うこともあった。
それに、俺にはこれまで、何匹ものチャオの転生を見てきた経験がある。
友人たちのチャオが寿命を向かえるという時にも、真っ先に相談に乗っていた俺だったし、チャオとの関係には自信もあった。
以前俺の飼っていたチャオが死んだことがあっただろうか?いや、ない。
病院を出た所は商店街である。
木枯らしの吹くこの寒い時期、俺はコートをぬくぬくと羽織っていたが、
横を見るとヨコシマは、いかにも寒そうにしている。
「マフラーでも買おうか?」
「買ってくれるちゃお!?」
ヨコシマは嬉しそうに答える。
「ああ、でも今はお金を持っていないから、下ろしてきてからな」
銀行でお金を得たあと、俺たちはチャオ商品の専門店を訪ねた。
この商店街の中でもひときわ大きな建物であるそれは、木の実やおもちゃから衣料品まで、何でも揃う優れた店だ。
俺たちは早速、衣料品売り場へと向かった。
売り場に行くと、求めていたマフラーはすぐ見つかった。
「この赤いのがいいちゃお!」
と、ヨコシマが指さすのは、紅色をした派手なマフラーだ。
「試しに首に巻いてみたらどうだ?」
「いいちゃおか?」
「もちろん」
ヨコシマはその短い腕に苦心しつつも、なんとか首にマフラーを巻く。
しかしそれは・・・明らかに少し長すぎた。足にまで届きそうなぐらい余っている。
「これはこれでかっこいいちゃお!」
「そ・・そうか?」
「これはチャオのサブアームちゃお!とう、とう!」
そういってヨコシマは、マフラーの両端を動かしながら、良く分からない動きをしてくれる。
今までの様子を見ていると、こいつはどうも、自己主張が強いのだろうか。
一度気に入ったものは、放しそうにないだろう。
そう案じた俺は、一つ溜息をつくと、ヨコシマを後ろから抱えた。
「何をするちゃお!!」
とヨコシマが起こったのもつかの間、俺はそのままレジへ直行し、さくっと代金を支払い、買い物を終えた。
なんとマフラーは4000円もした。