楽園という物が、あるならば、俺たちは幸せなのだろう。
あるいは、そうだと意識できる、
昔からある場所があるならば…。

したたかな猫はまた灰色、足早に路地裏を駆けていく。
俺を囲む左右のアパートは古く、
それに伴うレトロな感じもない、…ただ、汚かった。
人の動く声がする、話す声もする。

俺はまた立ち止まり、そして、歩き始める。

左から右へ、右から左へと竹竿が刺さっていて、
そこに、茶色い汚れを塗りつけたシャツが乾かしてある。
ここはスラム街。
人が過去を背負い、未来を疑う。そんな街。

俺はまた歩き続ける。

キラキラと輝いているこの世界の裏側。
お金持ちがまるでゴミ箱のように、少しのお金をばらまく世界。

昔、日本は良い世界だった。
しかし、いつの間にか借金がはじけ、この国に正式な政府が消えた。
そして、この借金の山のこの土地を、引き取る優しい国はなく、

今、ここは大半がスラムとなった。



『JAM』



   結露した道を通るといつも 変わりもせずに濡れる僕を
   誰も見ないよう路地の裏側 汚い人の足音が
   水色の天使 涙のように しかも笑顔で近づいてくる
   分からないよ 分からない
   見た目が正しいのか その顔が正しいのか

   笑いながら立ち去る人と 「もう少しだけそばにいさせて」
   寄り添いながら泣きながらそう 抱いているのは彼かそれとも…
   誰の両手も詰まっている 見えない透明な美しい『モノ』
   分からないよ 分からない
   偶然の悲劇か それが当然なのか

   茶色いビルが右左から僕の身体を覗いて笑う
   汚されそうで でも慣れそうで
   どちらが怖い? 分かりもしない

   ただ誰かの頭
   撫でるだけじゃ分からない
   愛があることを信じて
   今日も生きてみるんだろう
   ダストの中で背伸びして手を伸ばす

   どこいきゃあるの? 幸せの骸
   かすかに暖かい コンクリートの壁
   埋められたのか? 
   沈められたのか?
   誰も知らない 誰もが持っている

   ある日子供が 鉄のいたずら
   首を切られて 死んでしまいました
   誰がわるいの?
   何が消えたの?
   誰も知らない 誰もが持っている

   気づかないんだ この世界では
   大きな爆弾 落とされてさ
   もしかしたさ あなたとの道も
   明日いきなり 壊されそうで…だから
   早く会いたい 早く会いたい 早く会いたい 小さな街で
   抱きしめていた 抱きしめていた 抱きしめていた 小さな蝋燭
   爆竹のよう ボクシングのよう
   激しい音で 何かが消える
   僕は何かを 激しく求め たどり着くのは always in the dust

   茶色いビルが右左から僕の身体を覗いて笑う
   汚されそうで でも慣れそうで
   どちらが怖い? 分かりもしない…



Love is beautiful, therefore, love is ugly (愛は美しい、故に醜い)
誰かが語録に収めていた言葉を思い出した。
自分はこの街の中でいくつの愛があるのか、見つけられるのだろうか。
突然、左のビルから元気よく産声が聞こえた。
誰かが「おめでとう」と言っている声も耳に自然と入った。
俺は笑う。そして言う。

「もう少し『東』で生まれてきたら、俺はおめでとうと言えるのかも。」

ここの土地の名前は「東京第一貧困地区」。
スラム街が立ち並ぶ、汚い、水もない、光も少ない、
まさに貧困のステレオタイプとも言える街。
今、俺はまた右足を踏み出す。屎尿が混じる水たまりを踏んだ。舌を打つ。
そして、あぁ、こんな街だと悪態ついて、ため息をつく。
今度は誰かが二階から路地に水を落とす。
生活排水のるつぼと化した道を俺はまた一歩、一歩。

何分経っただろうか。時計も無い、分からない。
騒音のゴスペルを抜け俺は一つの家へと入った。
裸の電球がぽつんとつるされている。
窓はもはや窓ではない。
ベッドは新聞紙で作られている。
テレビなど無い、ラジオは一つある。水道は幸いにも上水道がある。
タンスの上には古びた写真と赤い苺のジャムが沢山置いてある。
1人の女がいる。
1匹のヒーローカオスチャオがいる。

「…おかえり。」
「…ただいま。」

女の名前は「赤井亜子」と言う。多分16,7歳だと記憶している。
元々、他の家の娘だったが、ここに転がり込んできた。

最初、相手方の父親はこの子を召使いとして雇ってくれと言ったが、
俺はとてもじゃないが人にお金を分けられるほどの裕福さではなかった。
次に、彼はこの娘と結婚してくれと言った。どうしても彼は、娘を養えないと言う。
俺は考えに考えたが、
結局、亜子を見た瞬間結婚しても良いかなと思った。

亜子とは気があった。
気が合わないと、ため息が出るこの生活に、
お互いに笑顔が出来るはず無い。…と確信している。
最初は敬語を使っていた彼女もいつの間にかため口をきくようになっていたし、
今のところは順調にいっているはずである。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第300号
ページ番号
2 / 17
この作品について
タイトル
JAM
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
週刊チャオ第300号