２−２

瑛利はいじめられっ子であった。
その事を親は知らない。
もしかしたら既に勘付いている可能性もあるのだが。
とはいえ、大した問題ではないのである。
彼女は強かった。
喧嘩も、口論も。
それと、いじめには特に興味がなかった。
だから、別にいじめられるわけでもなければいじめられても大して気にならないのである。
いい人間に育ったものだ。
自己満足。
彼女は心の中で少し笑った。
その時だった。
あるいは、それの少し後だろうか。
集団が自分を囲っていることに気付く。
結構な数だ。
中には見慣れないのもいる。
別のクラスのやつだろう。
そして、目の前に立っているのは、見慣れたやつだった。
この前返り討ちにしたというのに、まだ懲りていないのか。
実際にそうするわけにはいかないので、心の中でため息をつく。
またやってしまった。
ついつい考える事に夢中になってしまう。
なるほど、鈍いというのはこういうことか。
彼女は昨日父に言われた事に納得した。
しかしどうしたものか。
喧嘩は得意である。おそらく確実に勝てることだろう。
だが、そんなことをすれば学校から処分を受ける可能性がある。
それだけは避けたい。
彼女が打開策を思いつく前に、集団はゆっくりと言葉を発した。

「ほら見て、私のヒーローチャオ。このヒーローチャオはね、心の綺麗な人が育てないと育たないの。わかる？心の汚いあんたには一生目の前で見ることの出来ないチャオなのよ」
「そうそう。心が泥まみれの　あ　な　た　に　は　ね」

そう言って、集団はゲラゲラ笑う。
汚い笑い方だ。
本当に女子の集団なのだろうか。
実は男の集団なのではないのだろうか。
もしかして、そういう趣味なのだろうか。
そうだとしたら、学校のような公の場ではなく、それにふさわしい所でやってほしいものである。
彼女はそう考えながら集団をよく見つめる。
制服はスカートだ。どうやら女子っぽい。
顔や髪などといったところから見ても男子には見えない。
そこでようやく彼女は男か女かはどうでもいいことだったと気付いた。
どちらにしても、彼女にとっては有害なのである。
彼女は瞳に敵意を持たせた。

「ちょっと、睨んできてるし！マジキモイ」
「ほんと、きもいきもい」

彼女は集団の発する音声を無意識に聞き流す。
彼女は鈍いのである。
そしてそういう時は大抵別のところが鋭くなっている。
彼女は集団を観察していた。
喧嘩で切り抜けることは諦めていた。
だから、彼女の必死さは手錠によって行動を封じられながらも脱出を試みる囚人に近いものがあった。
彼女の視線は集団が抱えているチャオ達へと移っていた。
チャオの表情と、それを抱えている人間の表情を比較する。
片方は楽しそうで、片方はつまらなそう。
むしろ、楽しいと一方が感じている行為を嫌っているようにすら見える。
この時彼女はもう一つ、すでに気付いていた事があった。
それを口にすることで集団に何かしらの打撃を与えることができるであろうことも予測していた。
しかし、それと同時にリスクを負わねばならない者が多少出ることもわかっていたから、抵抗があった。
彼女はチャオを見つめる。
チャオと視線が合うなり、チャオは目で何かを訴える。
声には出さない。
彼女は理解する。
そして、決意した。