2−2
「そのチャオ、少し黒くなってる」
瑛利はリーダー格の抱えているチャオを見ながら言った。
リーダー格の抱えているチャオはヒーローチャオ、つまりオトナチャオで色が変わるはずがない。
しかし、変わった。
それも、自分の主人が悪であると主張する、黒への変化。
それが意味することは、つまり。
「きっと相当酷い事をした。だから自然と助けを求めるサインが出てくる」
チャオをなでてやる。
頭の上で浮いている球体はハート型に変化する。
それと同時に、体の色が白くなった。
目に見える変化であったため、本当に黒くなっていたことがどんな鈍感な者でもわかったことだろう。
案の定、集団にはさっきまでの笑いが無くなっていた。
そこで瑛利は言葉を発する。
「まさか既にヒーローチャオに進化しているチャオが黒くなるなんて。信じ難い話。まさかそんな事にすら気付けないほど目は節穴?それにしてもチャオが可哀想。きっと自慢のための道具としか思っていない。だからチャオの嫌がる事だって平気で出来る。むしろ、嫌がっている事に気付いていない。だから気付かないうちに墓穴を掘っている。チャオをダーク寄りにさせる事がどういうことか。それは理解しているはず」
思いついた言葉を次から次へ。
言いたい事を言い終えたときには随分喋っていたことに気付いた。
しかし、その効果は十分にあったようだ。
リーダー格の顔から余裕が無くなっていた。
焦り、怒り、恐怖。
そんなものが混じっていた。
そして、反論されないうちにとどめを刺しておく。
「心の汚れたやつがどうなるか」
その答えははっきりしていた。
おそらく、頭の中にその答えとなる情景が浮かんでいることだろう。
リーダー格はたちまち慌てる。
「私そんなんじゃないよね!こいつわけわかんねーし!チョーきもいよね!」
同意を求める。
しかし、同意する者は、
いない。
視線を合わせようとする。
視線がまさに合うであろうその瞬間、
視線を逸らされる。
空気が止まる。
しばらくして、リーダー格はついにキレた。
「この糞女ーーっ!!」
そう言って、リーダー格の女はチャオを地面に叩きつけた。
そしてその手で瑛利に殴りかかる。
しかし、彼女は素早い動きでそれを避け、チャオを抱きしめる。
結局このチャオに被害がいってしまった。
ただでさえ可哀想と思っていたから、なおのこと申し訳なかった。
謝罪の意を込めてなでてやる。
チャオは痛みに耐えながら、笑顔を瑛利に見せた。
それを見て瑛利は安心する。
このチャオをどうしようか。
そう彼女は考える。
できることなら保護をしたいけれども、飼い主でもない自分がこのチャオを飼うのはおかしい気がする。
しかし、飼い主は今のように平気で暴力を振るう。
つまり、このチャオを返すのも気が進まない。
そう迷っていた。
だがその時、そのリーダー格の女はわけのわからないことを言って、走って教室の外へ出て行ってしまった。
おそらく、孤独になったことに耐えかねたのだろう。
突如味方のいなくなった状況。
否、最初から味方などいなかった。
味方というほどの強い絆なんて、こんな集団の中には存在しない。
瑛利はそう心の中で決め付けた。
そのことが間違っているという気は、しなかった。
誰もあの女を庇おうとしなかったし、こうなった今でさえ誰も何もしようとしていなかった。
ただ時間が過ぎ、複雑な空気の中無言のまま不自然に集団は解散していく。
その間、彼女をどうにかしようとする人間は一人もいなかった。
あのリーダー格だった女を見放した今、瑛利に何かすることは非常に不自然で、危険な行動だったからである。
ただ何もせずに不自然な挙動を見せながら解散する集団は、まるで突如光を見失った虫のように瑛利の目には映っていた。