2−1
「全く、チャオを飼ってない汚らわしい人間が私達のクラスにいるなんて信じらんない」
「チャオを飼わなくて正解だって。こんなのに飼われたらチャオが可哀想」
「そうそう。ゴキブリに飼われているようなものよね」
「あはははは!きもいきもい!」
女子の集団が俺に聞こえるように、喋る。
内容は俺の陰口で、聞こえるようにしているのはわざとである。
所謂、いじめというやつだ。
いじめの原因はチャオだ。
今ブームのチャオを飼っていない。
それは、この学校では汚れていることなのである。
学校では、チャオを連れてくることが当然のようになっていた。
自分のチャオを連れてきて、見せ合いながらそのチャオについて話す。
校内で人を見かければ、そうしていない人であることは滅多に無い。
そして、そんな一部の人はいじめの対象になっていた。
チャオを飼っていないだけで汚いとかきもいと判断するのはどうかと思う。
もっと、うまくてもっともないじめだってあるだろうに。
しかし、汚かったり気持ち悪かったりするのはあながち間違いでもない。
彼ら彼女らにとって俺たちは。
異物なのだ。
自分達と違う存在。
異物なのだから、汚いに決まっている。
異物なのだから、とても気持ち悪い。
異物なのだから、いない方がいい。
そんな異物は悪なのだ。苦しむべき存在なのである。
異物になりたくない。だからチャオを飼う。
そういうやつも少なからずいた。
こうなる前に、多少親しかったやつらもみんなそうして手のひらを返してきた。
結局、俺はいじめられる側の立場で孤立していた。
クラスでいじめの対象に該当する人は俺を含めて三人いた。
つまり、クラスでチャオを連れて学校に来ない人はたったの三人しかいないのであった。
そして、その中の一人は喧嘩の類では敵う者がいないという評判がちらほらあったためにそれほどいじめの被害を受けていなかった。
実質クラスの中でいじめられていたのは二人だけで、クラス全員マイナス三人がいじめる側だった。
こうなるともう一人の方と親しくなろうという気すら起こらなかった。
親しくなったところで、いつかは裏切られる。
今のチャオのいじめだけが全てではない。
あらゆるいじめの時に、偶然いじめから逃れられるチケットを持っていた。
そういう時、人間は平気で裏切るのだろう。
そういう時平気で裏切れる程度の絆なのだろう。
だから俺は他人がどうでもよくなってきていた。
一人の方がよっぽどいい。
「こいつ飽きた。どうしようか」
「他のクラスに行って、カモ見つける?」
「どっか加勢するとこないかメールで聞こっか」
女子の集団は俺の話をやめた。
どうやら、飽きたようである。
無視をしていれば、やがてはこうなる。
そうすれば被害を最小限に抑えられる。
しかも、その間に別の作業をしていれば、損はほとんど無い。
自分を非難されているのだから、当然反撃したくなる。
でも、それをしてはいけない。
そんなことをすれば相手の思う壺だ。
「いんや、加勢を要請して」
女子の集団のリーダー格が言った。
その顔は、頭の中で面白いことを思い浮かべて、楽しんでいる、そんな顔だった。
たぶん、本当にそういうことをしているのだろう。
外部にはあまり出すことのない、内側だけで展開されていく楽しみ。
そんなものをなんとなく感じる。
「もしかして、マジでやるの?」
「そう。今日こそは泣かせてやるんだから」
そう話すのが聞こえる。
不安そうに喋る者をよそに、リーダー格はとても楽しそうだ。
俺は教室の一番後ろの席に座っていたから、誰がここにいるかを把握することが簡単だった。
この教室にいる、いじめの対象は俺以外に一人しかいなかった。
それは、例のそれほどいじめの被害を受けていない者であった。
三人目の方は放課後になるといつの間にか消えている。影の薄い人なのだ。
いじめの集団はしばらく準備に取り掛かりに廊下へと出る。
つまり、返り討ちにされないために完璧な体勢で挑もうということのようだ。
いじめの集団はこういうことになると頭がよく回るから怖いと思う。
俺はその準備をまるでテレビを見ながらやる宿題のように、自分の宿題の区切りごとに見た。
次々に人が来る。
声が大きいから話し声が聞こえる。
汚い言葉遣いで、そしてげらげらと笑う。
俺はここから出て行きたい気持ちがこみ上げてきたがそのまま宿題をしていた。
とても出られる状況ではなかった。
そして、これから行われるいじめに関心が無かったわけではなかった。
準備が完了したと思われる頃には、集団の人数は十人ほどになっていた。
そして、その集団が教室に入り、対象を取り囲んだ。
元より静かだった教室が、一瞬それ以上に沈黙した場へとなったような気がした。