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しかし、噂で聞いた話なのだが、困ったものだ。
どうやら最近学生の間ではチャオを飼っていないやつがいじめに遭うらしい。
正確にはチャオを連れて学校に来ないやつ、らしいのだが、どちらでもそう大差はないらしい。
うーん。
娘は大丈夫だろうか。
あいつときたら、いじめなんてどうでもいいとか言ってチャオを連れて学校に行かない。
どうやらいじめの集団に加わっていないようだから、とりあえずはよいのだが。

「ただいま」

そう考えているうちにその本人が帰ってきた。
もうそんな時間か。
学生層の客も増えてきている。

「おー」

軽く返事をしてやる。
本当ならばしっかりと出迎えてやるべきなのだが、そうするには忙しすぎる。
従業員一名。時々二名。
店が狭くなければ盗み放題だ。
そもそも、そこまで広い土地なんて用意できないけどな。
学生って集団で来るから一気に忙しくなるんだよな、本当に。
五人来るだけでも人口密度が高くなるというのに、この時間帯は客が二桁になる。

「手伝う」

制服のまま黒いエプロンを装着する。
エプロンはサラリーマンで言う所のネクタイなのだ。
これを装着せずに仕事をできようか。
ということで装着を義務付けているのである。

「自給八千円を私は望みます」
「出ねえよ一円も」

そう言うと、目を丸くした。

「出ないの?」

声が少し高くなっている。
信じられない、と言わんばかりに手を口に当てている。

「一度も出したことないだろが」
「まあ、そうだけど」

すぐに普通の表情に戻る。
そして仕事に取り掛かる。

「ふむ」

少し気になったので様子を観察することにする。
客の対応をしながら余裕が出来たら娘のほうを見てみる。
やっていることは基本的に雑用的なものだ。
商品を並べながら、店内をうろつく。

「ん?」

よく見ると、人を避けながら動いている。
人が多い所には近づこうとしていない。
しかしそういうことを意識して歩くと、行く場所が少ない。
当然ながら短い間に何度も同じ場所を歩くことになる。
勿論そういう所は既に補充の必要もないわけである。
彼女は一周十秒程度のお気楽散歩ルートを作り上げていた。

「おいおい」

酷い人見知りだ。
少し余裕を見つけて、娘の方へ向かう。
娘は一定のスピードで歩き続けていた。
どうやら商品の方を見ているわけでもなく、ただ歩いているだけのようである。
ため息をつく。
彼女の真後ろでそうしたのであるが、気付いていないのかどうなのか歩いているままである。
まるで機械だ。
歩く女性型機械、ウォーキングムスメ。
……歩いてどうするんだよ。
このままだと閉店まで歩いているつもりではなかろうか。
というより、毎日こうしてたのか?
まさかな。

「少しは人の多い所にも行け」

頭を鷲掴みにしてやる。
すると、歩くのを止めた。
……鷲掴みにしてから約1分後、その状態で大声を耳元で出して呼びかけた後に、なのだが。

「びっくりした、何?」
「お前の鈍さに俺がびっくりだ」
「鈍さ?私、フラグ立っている男子も女子もいない」
「恋愛方面で鈍いと誰が言った」
「違うの?」
「大いに違う」
「じゃあ、何?」

問題は鈍い所ではないのだが。
まあ、ここで気付かせたほうが彼女のためだろう。
流石にこんな感じでいられたら社会に出た時が不安でたまらないわけだし。
とはいえ。
今はそうしている時ではないとふと気付いた。
レジの方をちらりと見る。
行列ができていた。

「あああああああああああああ……」

無意識にあを連呼してしまった。
落ち着け俺。
危機的状況をどうにかしてこそ、一流の店というものである。
というより、何流の店であってもこんな失敗はないだろ。
あああ、どうしよう。
あー。
うん。

「お父さん、凄い並んでる」
「誰のせいでこうなったと思ってやがるんですか」
「私のせいじゃない」
「お前が同じ所をぐるぐる回ってるのがそもそも原因だっ」

レジへと俺は走る。
理想の父親的教育タイムは仕事中にしてはいけないようだ。
あー、困った。
とりあえず、全ての話は仕事が終わってからすることにしよう。
あと、品物盗まれていなければいいのだけれど。
娘はまた一定速度で同じ所をぐるぐる回っていた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第308号
ページ番号
2 / 5
この作品について
タイトル
いじめ
作者
スマッシュ
初回掲載
週刊チャオ第308号
最終掲載
週刊チャオ第310号
連載期間
約15日