第4話 お風呂
瑠加の家を知ってしまったチャコは、私の家が退屈に感じるようになってしまったみたいだった。
チャオは飼い主に構ってほしがる生き物ではあるけれど、前以上に家の中でも遊びたがるようになってしまった。
私の脚を滑り台代わりにさせてやるのだが、本物の滑り台と比べるとあまり楽しくないらしい。
別の遊びをしたいとねだってくる。
疲れてしまうので、新しい玩具と楽器を買ってやった。
それで一応は一人遊びをしてくれるように戻った。
瑠加の家やチャオガーデンみたいな、チャオの楽園といった環境にしてあげることはできない。
けれどこの家や私たちの世話の仕方は、チャコにとってあんまり心地よいものではなかったのかもしれなかった。
それが可哀想に思って、私はお母さんに頼んで朝から浴槽に水を張らせてもらった。
「今日は一日、水遊びし放題だから」
そう言って私はチャコを浴槽に入れてやる。
チャコはすぐに底まで潜った。
しばらくすると、凄く楽しそうな顔をして水から顔を出した。
気に入ってくれたみたいだった。
私も湯桶に水を張ってそこに足を入れておき、雑誌を読む。
チャコは潜水が好きらしく、息継ぎをする、ぷはあ、という声が何度も聞こえてくる。
息継ぎをする声やバタ足の音を聞いているうちに、チャコが転生してくれたら嬉しいと私は思った。
考えてみれば、私が将来の生活を想像する時に登場するチャオは必ずチャコだった。
チャコが死んでしまって、次のチャオを。
そんなふうに想像していたら、疲れてしまう。
私は瑠加に電話した。
「ねえ、チャオってなんか、好きな飲み物とかってある?」と私は聞く。
ううん、と瑠加は考えた。
「発泡酒」
「嘘だ」
「うん。アルコールはやめておいた方がいい。コーヒーとかもね」
「じゃあ、ジュースとか?」
ジュースも好きじゃないかもしれない、と瑠加は言った。
そもそもチャオと人間とでは好む味が全く違っていて、そのせいで人間が飲み食いする物をチャオはあまり口にしないのだと瑠加は言う。
「でもまあ、変な物を好きになるペットって、犬とか猫とかでもよくいるし、色々やっているうちに何か見つかるかもしれない。でも飲み物なら、水で薄めてやった方がチャオには飲みやすいと思う」
「そうなんだ。ありがと」
「おう」
通話を切る。
確かにチャオの食べる木の実って、人間にとってはおいしくない物だった。
普通の安い木の実を試しに食べたことがあるが、酷かった。
水っぽくて、少しも甘くなくて、青臭い感じもする。
そんなぎこちない味だった。
おいしくないきゅうりとか、スイカの皮の部分とかいうのに近い印象だ。
だったら甘くない野菜ジュースなんかを水で薄めてやれば喜ぶのだろうかと思ったけれど、実際に飲ませてやろうとは思えなかった。
私が幸せになれる、チャオの幸せ。
それってどんなのだろう、と考える。
瑠加の家の滑り台みたいな遊具があって、私は遊びの邪魔をするみたいにそのチャオ用の小さな遊具に腰掛けている。
飼っているチャオは、私も遊具の一部と見なしてよじ登ろうとしたり、普通にソファに座っている瑠加の方に行ったり、それぞれの遊び方をする。
瑠加はチャオに構ってやるけれど、私はただ遊具になっているだけで自分からは何もしないで瑠加を見ながら、とても温かいココアを飲んでいる。
チャオと遊んでいる瑠加のすぐ傍のローテーブルにもココアの入ったマグカップが置いてあって、それを飲む時には瑠加は私の方を見る。
そんな想像をした後に、やはり私は瑠加のことが好きだ、というふうに思う。