第3話 滑り台
繁殖させてから一ヶ月後、久々にチャオガーデンで遊ぼうと瑠加を誘ったら、うちに来なよ、という返信が来た。
チャオを二匹、チャオガーデンまで連れていくのが面倒なのだろうか。
考えるのもそこそこに、ラッキーだと思った私は、行くと返信した。
私はチャオを連れ、瑠加の家に向かう。
「チャコ、今日はチャオガーデンじゃなくて、瑠加の家に行くよ」
そう言うと、チャコは喜んだような顔をした。
瑠加の家は大きかった。
三階建てで、庭が広い。
そして門の横の車庫には車が二台ある。
チャコは私以上に興奮していて、門にしがみ付いていた。
ドアホンを押すと、瑠加が家から出てきて門を開けてくれた。
「お邪魔します」
「どうぞどうぞ」と瑠加は私を招き入れる。
庭は、子供が鬼ごっこをして走り回れるくらいのスペースがあった。
金持ちなんだな、と私は思った。
玄関にはチャオが二匹待っていた。
ニュートラルハシリチャオのナガレ君と、そしてナガレ君とチャコが産んだチャオだった。
そしてチャオたちの奥で、瑠加のご両親も待ち構えていた。
「こんにちは、お邪魔します」
私は深々と頭を下げた。
ご両親は、息子が女の子を家に招いたせいで、浮かれている様子だった。
恋人でもないのに、私のことを丁重に扱おうとする。
好きな食べ物あれば言ってね、なんて言われる。
それが移って、私の片思いなんですよ、と言ってみたくなった。
チャコは顔を知っているナガレ君に、チャオチャオと言って挨拶らしきことをしていた。
そしてもう一匹のチャオのことを観察するように見た。
自分の知らないチャオがいるなあって感じで見ているんじゃないかと私は思った。
自分の子供だということには気付いていないと思う。
彼の部屋に行くのかと思いきや、私たちはリビングに通された。
やっぱりリビングも広かった。
だけど、一目見た感じだと、リビングと言うよりもやたら広い子供部屋というふうに見えた。
車輪の付いた赤い箱と、高さ一メートルくらいの滑り台が目立っていたせいだ。
そして床にはボールなど、チャオの玩具が散らばっていた。
なんと滑り台は壁付けの本棚みたいに家の壁と一体化していて、壁に沿って階段がある。
赤い箱の中にはヒーローオヨギチャオが入っていた。
そしてダークハシリチャオが、箱に取り付けられているロープを握って、箱を引いていた。
「なんか、チャオガーデンみたい」
瑠加は嬉しそうに、そうなんだよ、と言った。
「この家を建てる時にじいちゃんばあちゃんが、リビングはチャオガーデンみたいにしたいって言って、こうしたんだってさ」
「おじいちゃんとおばあちゃんもチャオが好きだったんだ?」
「うちは、代々チャオの仕事をしているんだよ」
瑠加のお父さんがそう言った。
丸い眼鏡が似合っていて、そして私たちの親世代にしては若く見える人だった。
「チャオの仕事って、ガーデンの管理人さんとかですか?」
「いや、僕は大学でチャオの体の仕組みを研究をしているんだよ。チャオ専門の医学者って言えばわかりやすいのかな。どうするとチャオは長生きできるのか、どんなチャオが転生をするのか、みたいなことを調べているんだ。そして僕の両親は、チャオの食べる木の実を作る農園を昔からやってる」
「そうなんですね」
私は、チャコとナガレ君に食べさせたハートの実のことを思った。
あれも瑠加の祖父母が作ったのかもしれなかったのだ。
チャコは滑り台に興味を示して、階段を上っていく。
「ちなみに私は、チャオの服を作ってました」
瑠加のお母さんが小さく手を挙げた。
「サラブレッドなんだね」
瑠加にそう言うと、
「そんな大したものではないだろ」と瑠加は照れた。
「こんな家だから、チャオ好きに育ってくれて、ほっとしてるの」
瑠加のお母さんが冗談めかして言う。
「それよりもさ、ほら、こっからベランダに出ると」
瑠加は小走りでガラス戸の方へ行き、開けた。
そこには、たぶんチャオのために作られたプールがあった。
温泉の湯船みたいに、段が設けてあって、そこから出入りがしやすいようになっている。
「本当に、チャオガーデンなんだ」と私は感心した。
「チャオは水がかなり好きで、泳げないチャオでも水に入るとリラックスするんだよ」
シャワーを浴びさせるくらいでもいいから水に触れさせてあげるといいよ、と瑠加のお父さんは解説する。
だけど熱過ぎるお風呂は苦手だからそこは気を付けないといけない、とも言った。
「ぬるま湯くらいなら一緒に入っても大丈夫だから。そっちの方が人間の体にもいいって聞くしね」
「そうなんですか」
チャオと一緒にお風呂に入ったことは、一度もなかった。
そうした方が長生きとか転生とかするんですか、と聞こうとしたら、チャオオ、と語尾を伸ばしてチャコが私を呼んだ。
声のした方を見ると、階段を上りきったチャコが両手を挙げてアピールしていた。
私の視線が自分の方を向いたことを確かめると、チャコは滑り台を滑って降りた。
そしてチャコはまた階段を上る。
「気に入ったみたい」と瑠加のお母さんは笑った。
チャオは飛べるから、高い所に行ける遊具があった方が楽しくていい。
瑠加のおじいちゃんがそんなふうに言って、作ってもらったのだと瑠加のお父さんは話す。
元々ほとんど飛ぶことのないチャコは、滑り降りるばかりで飛ばない。
だけど滑り台は結構気に入ったみたいで繰り返し遊ぶ。
赤い箱で遊んでいたヒーローチャオとダークチャオがチャコのはしゃぎように影響を受けて、二匹も滑り台で遊び始める。
三匹は長縄飛びをしているみたいに滑り台に上っては滑り降りるのを繰り返す。
「ブームが来たな」と瑠加は面白がって見ている。
ナガレ君と、子供のチャオもそのブームに加わる。
だけど産まれて一ヶ月も経っていない子供のチャオは階段を上る動きがのろくて、そこで渋滞が起きてしまう。
チャオたちは怒ったりしないで、子供のチャオを見守っていた。
そして子供のチャオが無事に滑り降りるところを、にこにことして見ていた。
チャオたちは、なんて優しいんだろう。
もっと身勝手なものだと思っていた私は驚いた。
「いい光景。泣けちゃう」
うっとりと瑠加のお母さんが言った。
「チャコちゃん、すぐ馴染めたみたいだね」
瑠加が私にそう言った。
そうみたい、と私は頷く。
瑠加はまた階段を上ろうとしている子供のチャオを抱っこした。
「ちょっと俺の部屋に来て」と瑠加は言った。
たぶんそのチャオの話なんだろう。
「わかった」
瑠加の部屋は、三階にあった。
階段を上りながら瑠加は、
「押し付けられたんだ。若いから階段上るの、なんてことないだろ、って」と苦笑した。
「まあ、なんでもないよ」と私は言った。
「そうだけどさ。トイレも三階にはないんだ」
私たちは一段飛ばしで階段を上って、三階まで行った。
三階には三つ部屋があった。
階段を上って、左手にある一部屋が、瑠加の部屋。
右側の二部屋は、瑠加のお姉さんの部屋と、滅多に使わない物を入れる物置なのだそうだ。
「滅多に使わないって、どういうの?」
「一年に一回食べるかどうかっていう、たこ焼き器」
「ああ」
「今日はたこ焼きだってなると、俺か姉ちゃんがそっから出すんだ。それと、俺たちは普通に使えるから、二人の金で買った漫画をそっちにしまったり」
「仲良かったんだね」
瑠加が羨ましくなる。
私には兄弟がいなくて、欲しいとずっと思っていた。
同じ漫画を読んだり、楽しそうだ。
瑠加とお姉さんの関係は、私の思い描くような姉弟そのもののように聞こえた。
喧嘩もほとんどしなかったよ、と瑠加は言った。
そのお姉さんは、通っている大学の近くで一人暮らしをしていて、今はいないらしい。
瑠加の部屋も当然、広かった。
私の部屋が二つは入りそうだった。
勉強机とかベッドとかある、普通の子供部屋らしいスペースが奥の方にある。
そして手前の方は、一人暮らしの学生の居間のようにラグマットが敷かれてあり、小さな丸テーブルもあった。
私たちは薄いクッションを座布団代わりにして座った。
瑠加は、丸テーブルに子供のチャオを乗せて、言った。
「気付いていると思うけど、この子はナガレとチャコちゃんの子供だ」
「うん」
「チャコちゃんの子供なんだから、君にはこの子の飼い主の権利があると思う」
「あ、いや、別に飼いたいわけじゃないから、いいよ」
むしろあの時、迷う素振りを少しも見せずに引き取ってくれて、ありがたかった。
私の家でもう一匹チャオを飼うとなったら、お母さんもお父さんも困ってしまうだろう。
チャコ一匹で、私たち家族は満足していた。
「そういうの以外にもあるだろ。名前付けるとか、一緒に遊ぶとか、芸を覚えさせるとか」
「名前、付けてないの?」
「一応付けてある。トウマって名前」
「いいじゃん」
「トウマでいいならいいんだけど、でもどういう名前がいいか意見する権利は君にもあって然るべきって話」
なんとなく話が見えた。
「なるほど。ゴミ箱舐め太郎がいい、とか言っていいってことね」
「その名前はちょっと」
瑠加は苦い顔をした。
「冗談だって。とにかくトウマを自分のペットとして、好きなようにしていいってことでしょ?」
「そう。そういうこと」
チャオガーデンで遊んでもいいし、今日みたく俺の家に来てもいい。
瑠加はそのように言った。
「じゃあ、毎週来ていい?」
駄目だと言われても、冗談だということにできるから、そう言う。
「まあ、いいけど」と瑠加は答えた。
やったね、これから毎週来よう。
そう思うと同時に、やっぱり毎週来るわけにはいかない、と冷静に考えていた。
トウマのことを自分のペットとして可愛がるような気持ちが私の仲にないことを、私はわかっていた。
トウマに会うためという建前が全くの嘘では、快く招き入れてくれた瑠加のお父さんお母さんに申し訳ない。
「へえ。本当に来ちゃうかもしんないからね」
そう言っておくけれど、たまにしか行かないと私は決めた。
「それでさ、前にもちょっと言ったけれど、こいつはヒコウタイプにしようと思う。ヒーローヒコウチャオ」
「うん。いいと思う」
「チャオって飛ぶのが上手いと、自由に動き回れるのが楽しいのか、活動的になるんだ。だから一緒にいて凄く楽しいんだよ。一緒にどこか旅行に行ったりしたら面白いと思う。トウマが飛び回れるようになったら、相田もトウマを色んな所に連れていってみなよ」
「わかった」
「よし。しておく話はこのくらいかな」
瑠加はマットに手をつき、気を抜いた座り方をした。
「相田は何かある? 聞きたいこととか」
ない、と私は首を振る。
トウマのことは瑠加に任せきってしまうつもりでいた。
たぶん私はトウマをどこかに連れていくことさえしない。
ちゃんと世話をする瑠加は真面目だ。
チャオが好きなのだ。
両親や祖父母と同じように。
まだ瑠加の家に来てから少ししか時間が経っていないのに、そんなふうに感じられる。
それくらい彼らのチャオに対する愛情は深かった。
お昼になると、瑠加のお母さんは私の分まで昼食を用意してくれて、四人で大葉を使った和風パスタを食べた。
チャコも他のチャオと同じ餌をもらっていた。
もりもりの木から成る実だった。
瑠加のお父さんが言うには、最新の研究では普通の木の実よりもチャオの健康にいいと考えられているらしい。
うちのチャオは父さんの研究に付き合わされているんだ、と瑠加は苦笑いした。