4 幸せは、失った物を取り戻すことではない
俺とアサは卵を挟んで寝ていた。
布団と二人の体温で卵を温め続けるのだ。
「名前はどうしよう?」
と俺は言った。
「エメラルドがいいな」
とアサは言った。
「それ、チャオの色が緑とかエメラルドじゃなかったらどうするのさ」
「別に色で名前を付けるわけじゃないもの。名前は親の切なる願いであるべきなの」
そんなことを言う割には、カオスチャオたちの名付け方は雑だった。
フツウの他に、黒いからクロイとか、走るのが速くてダッシュ。
唯一のヒーローカオスチャオは、なぜかみーちゃんという名前になった。
チャオでアイドル、つまりはチャオドル。チャオドルはみーちゃんがいい、というアサの謎の意見だ。
きっとなにかの小説に影響されたのだ。
そして今回はエメラルド。
「その切なる願いっていうのは、なんなの」
「エメラルドは普通の宝石とかチャオの色とかでなくてね、カオスエメラルドのエメラルドなんだよ。この子が私たちの希望。私たちに奇跡をもたらしてくださいって」
「子どもに奇跡を要求しちゃうか」
俺は苦笑した。
でもその気持ちはよくわかる。
俺だってこの卵から生まれるチャオが俺たちの生活をなにもかも変えてくれるんじゃないかと期待していたのだった。
「駄目な親だね」
とアサも苦笑いする。
「本当に奇跡を起こしてくれたら最高なんだけどな。でもそうじゃなくても」
「わかってる。そうじゃなくても、たくさん愛して育てる」
「うん」
「どんな子が生まれるんだろう」
アサは卵をさすった。
「ヨルみたいに力持ちな子に育ってくれたらいいな。それから笑った時の晴れやかな感じも似てほしい」
「アサみたく見てて飽きないふうに育ってほしいな。元気で自由なふうにね」
それから顔なんかの話にもなって、さらに話が逸れに逸れていった。
アサは小説で見た物語を俺と卵に話す。
「昔々、あるところに首から上がない男がいました。彼はいつもなにかを探しているようでした。そこで女が彼の首を見つけて持っていってやりました。だけど男は、それが欲しいんじゃない、と言って探し物をやめませんでした」
「その首のない男は、なにを探してるんだ?」
と俺は聞いた。
「女もそう男に聞くの。すると男はこう答えるの。私が探しているのは幸福だって」
「自分の首は幸せじゃないのか?」
「それは幸せとは直接関係ないものだと男は答えました。彼が探しているのは失った物ではないの」
「幸せは、失った物を取り戻すことではない?」
「そういうお話」
でも俺は失ったものが欲しいと思う。
昔に戻れたらいい。
不老不死になる前の俺。
そして不老不死になっても、ここに来るまでは人に囲まれて生きてきた。
チャオたちだって、飼い主に愛されていた日々に戻りたいのではないか。
そしてそんな日々が終わることなくずっと続いてほしいと願うのが、俺たちにはごく自然なことのように思う。
「アサはどう思うの、その話。過去に幸せは本当にないのかな」
「私なら失った物も欲しいと思うよ。でも、この子はまだなにも失ってないから。だからこの子のために私たちは未来の幸せを探してあげなきゃいけないって、そうふと思ったの。だから話したの」
確かにそうだ。
この卵から生まれるチャオは、俺たちと違って過去にすがれないのだ。