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さてしかし、このチャオの売買は、双子の両親を育てている人間が了承している限り、高々保健室を受け持っていて、偶然人間の言葉を喋ることのできるだけというチャオにどうこうできる問題でも無いし、それはテイルスにも、そしてエッグマンにも言えることだ。
そしてそもそも、この件について私はどうしようという気も起きなかったし、この話はこれで終わるだろうと思っていた。
だが、私の日常はまだまだ帰ってくることは無かった。
私の元に三度、双子のチャオについての話題がやって来たのだ。双子のチャオと、このチャオを「買った」人物と共に。
保健室の扉が大きく開かれる。私の目に映ったのはまずチャオと、人間の足であった。同じ顔に同じ姿をした二人のチャオ――まあチャオの顔はそう個体差が大きくないので、こういう光景はそれほど珍しくないのだが、それでもこの二人のチャオは私の目を惹きつけた。体の色が、薄いのだ。薄い、というより、透き通るような…赤ん坊の頃のこの双子は、他のチャオと同じ水色だったはずだが、成長の過程でこのようになったのだろうか。これは少し珍しいな、――
「お主がチャオを診ているというチャオかっ!?」私の思考を遮り、人間の男の声がした。
私はその時初めて、視線を上に上げた。茶色のスーツ、堂々としたヒゲ、そして、自分以外の人間(私はチャオだが)全てを見下すような視線。目が合った。
「このチャオを診てくれんか」言いつつ双子のチャオをやや乱暴に私の元へ差し出す。
「どこか怪我でも?」一目見たところ怪我も、病気も患っていないようだが、私は言った。
「動物をきゃ、きゃぶ…だ、抱いても何も起こらんのだ。娘がこんなのチャオではないと言っておったぞ」キャプチャのことを言いたいのだろうか。本当にチャオについては何も知らないらしい。
「抱っこした動物のパーツがつかないということは、稀にですがあることですが…」私は双子のチャオを見つめながら言う。「産まれ付き、そういう体質なのではないでしょうか」私と同じなのだろうか。
「なんだとッ、治らんのか!」
「病気ではないですから」
「くそっ、なんということだ。高い金を出して買ったというのに…」
男は一人でぶつぶつ呟きながら、携帯電話を取り出して、何やら会話を始める。私のことはもう頭に無いらしい。
私は双子の観察に集中することにした。
透き通る、まだ小さい青い体に、穏やかな顔、一見幸せそうな表情の中に、不安のような恐れのような感情を見つける。よくよく見ると、双方のチャオの体に、小さな傷が見られた。何かでひっかいたような痕。チャオは自分で自分を傷つけることはもちろんしないし、ということはつまりこの傷は、何かチャオではない動物か人間につけられたものだということになる。
私は、電話での会話が一段落ついたと見える男に言った。「このチャオ…何かの暴力を受けているように見えますが」すると男の表情が曇ったと思うとすぐに赤く怒ったようになり、
「そんなの貴様には関係なかろう! このチャオどもが娘の癇に障ることをするのがいかんのだッ!」突如怒鳴りだした。
その声に反応したのか双子のチャオは泣き出し、しかし男は怒りを顔に出したままで言葉を続けようとするので、私がそれを止める。
「癇に障る、とは、動物をキャプチャしないということですか」
「そうだッ! 珍しい双子だというから買ってやったというのに、こんな出来損ないだとわかっていれば!」
さすがに私もそう落ち着いてはいられない言動を続けるこの男に、しかし先に反発したのは私ではなかった。
双子のチャオが、男の手を取り、そして、
「な、なんだっ」男が顔を腕でかばい、叫ぶ。
保健室の中に光が充満したのだ。私の目も眩み、直視することはできなかったが、片方の手で男の手を取り、もう片方の手で互いの手を握り合っている二人のチャオから、この光は発せられているようだった。
もうチャオは泣いていないようだった。
そして、甲高い声が響く。
「この、出来損ないがッ!!」
「娘を喜ばす芸のひとつくらい覚えたらどうだ、それまでは餌はお預けだ!」
声と言葉の内容にはとてもギャップがあった。 双子のチャオが、男の言葉を喋っているようである。 言葉はさらに続く。娘に好かれようと必死に機嫌を取ろうとする猫なで声。そんな声を反転したかのような怒鳴り声。罵倒。
光が薄くなってもそれは続き、目を開けると、双子のチャオはまた泣いていた。
完全に光が戻った時、男もチャオの様子に気付いたのか「ひぃぃっ、化け物!」と金切り声をあげて保健室を出て行き、そこには私と双子のチャオが残った。