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この騒ぎ――と言っていいのか――は、やはり、あの双子が産まれたことに端を発したのだろう。
その日私は、いつものようにいつもの場所でいつもと変わらぬ仕事をしていた。
つまり、昨日一昨日それ以前と同じく、保健室で、チャオの怪我を見ていたのである。
それが、『いつも』と同じものでなくなったのは、昼頃か。 先日産まれたあるひとつの卵が、孵った時の衝撃が、少しの時間を経て、私の元へと届いた瞬間だ。
その時私の隣には、正に疫病神とも言える存在が居た。もしかしたら全ての原因はこの男なのかもしれない――無論そんなことは有り得ない事だと言うのはわかっているけれども、それでもそう疑いたくなるのも仕方がない。
男の名はエッグマンと言い、自称天才科学者でありその実ただのマッドサイエンティストである。少なくともそう私は認識している。 この男は数日前まで、ちょっとした事件を起こしたためにこのチャオガーデンへの立ち入りを禁じられていたのだが、それが解かれて早速、ガーデンへ足を運んでいたのだ。
「珍しいこともあるもんじゃな」男が――エッグマンが言った。
「珍しいなんてもんじゃない。これは――こんなことは、今までになかった」私が未だ動揺を受けている中、ひょうひょうと言ってのけた男に私は言い返す。
「ふむ…しかし、ただの双子。たまには産まれてもおかしくはなかろう」
人間や、その他の、チャオでない動物であれば、確かに双子は多少珍しいかもしれないけれど、そう驚くようなものではないのかもしれない。
しかし、チャオで双子というのは、これまでになかったし、あるとも思われていなかったものだ。
当然、何が起こるかわからない。チャオ達の間に不安が広がっても、それは、仕方のないことだし、むしろ当然のこととも思えた。
まず、その日一日、チャオ達の不安を取り除くことで消費された。
なぜかエッグマンも手伝ってくれたので、私の負担はある程度軽くなったが、しかしそれ以上に気を使う仕事が翌日からあったので、それほど喜ぶことはできなかった。
双子が保健室に来たのだ。
一通りの健康診断をしつつ(もちろん二人分だ)、親の不安も取り除いてやらないとならないので、これには神経を使った。チャオの赤ん坊は、産まれた時点で既に、体もある程度育っており、それなりに丈夫にできているので、こんなことは滅多にしないのだ。
そして健康診断の結果から、双子は二人とも他のチャオと何ら変わりない健康そのものであることが分かった。
それでしばらくの間はチャオガーデンにも私にも平穏な、『いつも』と変わらない日々が戻ってきたのである。
それが崩れたのは大して時間も経っていない、双子の誕生から一週間後であった。何の因果かその時にもエッグマンは私の部屋――保健室――に来ていた。
保健室の扉を、やたら大きい音を立てて開いたのはテイルスで、その後ろにいたのは双子の誕生を私に伝えにきた、双子の父親のチャオだった。
テイルスは開口一番、「双子のチャオが売られちゃうんだって!」と言った。
数瞬後、私はその意味を悟り、そして言う。「それがどうしたんだい?」今更だが、私は人の言葉を喋ることができるのである。
「だって、だって…」
テイルスはどうやらチャオが金銭で売買されることが稀にあることを知らないらしかった。
テイルスの話では、双子のチャオは、産まれてから人間の世界でも多少騒がれていたのだ。普段はチャオに興味を示さない人間も、新聞やテレビ(これらのメディアも普段はそうそうチャオの話題を取り扱ったりはしない)を見て、チャオを育ててみようなどという気になる者もいるようだったが、今回この双子を「買おう」した人間もその一人らしい。
……確かに、チャオの売り買いは法でも禁止されていないが、最近ではチャオを育てている人間がそうそう売りに出そうとはしなくなり、チャオもまた今まで付き添った人間から離れることを嫌がり、買われてもなつかないので、チャオの売買は実際のところ、無くなったも同然の状態だったので、テイルスがこのことを知らなくても無理は無かった。
私の話を聞いてもテイルスは、納得いかない様子で「でも、チャオを売っちゃうなんて…」と呟いている。
そんなテイルスを無視して私は、双子を「買おう」という人物のことを考えていた。テイルスが持ってきた新聞や話から得た情報を整理すると、この人物はチャオガーデンには一度も来た事が無く、チャオについても殆ど知識がない。今回の双子のニュースを聞きつけたこの人物の娘がとてもチャオを欲しがったためにこのようなことになった――ということか。
正に「典型的な例」であろう。