<35> チキンレース
こっちへきてみろと誘い込むように、Charlesはペースを落として間隔を保ちだした。
俺との、だけでなく俺たちとの─
俺がじりじりと争っているのは、追いついてきた集団のチャオたちだった。
Final dash <35> チキンレース
「おいおい、前半の勢いはどうした?」
一匹目、後方の集団から脱出したチャオが、俺が横目で見れるほどすぐ後ろに迫っていた。
構いたくない。 そんな場合じゃない。 俺は返事を返さず、前方を見据えた。
「何だよ、そんなんじゃ抜かしちまうぜ」
そのチャオは強めに踏み込んで、俺の目の前へダッシュ─が、急ブレーキをかけてかなりの砂塵を舞わせた。
思わず身構えて、曇った視界の向こうに目をやる。
「お先にね」
「─ったく、危ねーな!」
Friaを彷彿とさせるような感じのチャオは、かなり荒っぽく俺たちの鼻先を掠めるように横切った。
すっかり逆上した一匹目のチャオは、ガンガンとその後を追っていく。
─これで、現在4位。 猶予は殆ど無い。
レースは終盤、残すはコースの5分の1ほどだ。
あとは、上り坂を上がると大きくて緩いS字、そして突然かなり急な下り坂になって、最後の270度カーブ─
『最初と終盤の270度カーブしか、チャンスは無いからね』
「・・・あ、そっか」
「せ~んぱ~い、ここ何処っすか~? 真っ暗っすよ~?」
「何かの倉庫みたい。 えーと、携帯携帯・・・」
「・・・さっさとそこをどかんか!」
「あれ、どこにいるの?」
「貴様がさっきからわしを壁と背中で挟んでおるんじゃ! ・・・貴様、もしかしてわざと─」
べしゃ、と軽い音がして、それに老いたうめき声が続いた。
もたれかかっていた壁から背中を離して、守越は開いた携帯で足元を照らす。
「あー、あったあった。 ちょっとはライト代わりになるかな」
「それにしたって暗いっすよ~、何でこんなところに逃げ込むんっすか~」
「いいじゃない、マスコミは撒けたし」
携帯の光と向かい合って、満足そうに微笑む。
チャクロンはそれを腑に落ちない様子で睨んでいた。
たてつけの悪い扉から一筋だけの光や外からの喧騒が差し込んだ倉庫は、やっと物を認識できるくらいの暗さだ。
携帯をいじる電子音に紛れて、時折「こいつらのせいで」とか「全くこれだから馬鹿どもは」などと呟く声も聞こえた。
「お孫さん、Gale君の知り合いなんだってね。 とある伝から聞いた話じゃ、ずっとお師匠様のこと探し回ってるみたいですよ」
守越は携帯の画面に目をやったまま、おもむろに口を開いた。
「まさかこんな近くに、優しいおじいさんが居るとは思ってないっすよね~。 知ってるんっすよね? どーして出てってあげないんっすか?」
暫くの沈黙。 電子音だけが静かに鳴っている。
ばつが悪そうに、答えるべき本人が口を閉ざしているせいだった。
「結構プライドが高い子ですし、心配もかけたくないんでしょうね。 だから彼女はGale君でもTrackって子でもなくて、貴方に頼ってるんですよ、師匠」
パチンっ、と携帯を閉じる音がして、守越はチャクロンの方を振り返った。 いつものようにニコニコとして、暗闇でも目が利くのか、しっかりと姿を捉えている。
「これだから、若造は嫌いじゃよ。 特に人間の」
チャクロンは言いながら立ち上がると、入ってきた方とは反対側の扉へ歩いていった。
「携帯で良い店、見つかったんじゃろ? おごらせないんなら行かんでもないぞ」
「なーんだ、残念」
守越とMealも立ち上がると、チャクロンは扉を開けた。 反対側とは大違いで、静まり返った裏道が続いている。
「また、納得した振りっすよ、どーせ」
黒い背中を見つめ、ぼそっと呟いたシャークマウスを、守越は振り返りもせず聞き流す。
このカーブを抜ければ下り坂、その先に270度カーブが待ち構えている。
ヘアピン状のカーブが少ないコースで俺には殆どチャンスが無かったが、270度─直角のカーブなら、ギリギリでカットが出来るだろう。
問題は、下り坂のスピード。
あまり上げすぎればカットの踏み込みで滑ってしまい、反対側のコーナーへ届かないし、遅ければカットをしたとしても抜かれた分の追い返しが出来ない。
カーブ中も下り坂が続いており、高低差があるだけ幾分カットがやり易くなっている。 とはいえ、滑ってしまえば絶対に届かず、反則となる。
途中からの減速は、これだけ急な坂だと思いのほか上手くコントロールできない。 一定のスピードで坂を抜けるしか、無い─
現在前方2メートルに3匹、更に先のCharlesはもうカーブに入ろうとしている。
この差を保っておけば、下り坂とカット一回の成功で3匹は余裕で追い越せるだろう。
つまり、目標は─
ダッシュでカーブを抜け─下り坂。
大きく踏み出して、傾斜のままに走り出す。