<36> ボーダーライン

「行ってる─やるつもりだ、あいつ」

双眼鏡を覗き込みながら、そのチャオは呟いた。
レンズには大きく拡大された、Galeの姿。
じりじりと前を走るチャオに追いついていくくらいの、一定のスピードを保っている。

「直角のカーブでカット・・・失敗したら大変なことになるのに・・・」

Liltaは心配そうに同じ方向を見つめた。
一匹を抜いて、さらに差をつけて─

「─!?」

瞬間、悲鳴ともにた声が、観衆から上がった。
Galeはカーブより2メートル以上手前で、踏み込んだ。
地面スレスレ、弾丸のように飛んでゆく。
向こう側には、黒い姿。

「まさか─Charlesを追うつもりか?」



Final dash <36> ボーダーライン



斜め後方へ飛ぶように、思いっきり地を蹴った。
俺が目指しているのは、中途半端なところじゃない。
どんどん迫る、黒いチャオ。
奴にたどり着けるかどうかの保証は無い、コースラインは思ったよりずっと遠い。
でも、失敗する気はしなかった─

風の音が消え、聞いていなかった音が戻ってきた。 突如、歓声が起こる。

伸ばした手がラインの内側へ入ると、それを軸に着地、また蹴ってlunatic run。
スタミナはとうに切れているかもしれないが、ともかく俺はまだ走っている。

ゴールが見えてくる。 奴の背中も、もう少し。
あいつもスピードを上げている。 俺もどんどん加速する。
一番近づいたその瞬間に、突っ込んだ。

白線が、下を素早く流れる。

倒れこむように着地して、すぐ顔を上げた。
観衆の声が、唐突に耳へはいってくる。

奴も隣に居た。
とりあえず立ち上がって、Charles、そして観客席へと目を移す。

「負けた・・・か?」
「まだ分かりません」

誰かと思ったが、どう考えてもCharlesの声だった。
あとはゴール付近の人間しか、その場には居ないのだ。
彼はスピーカーの方を横目でじっと見つめ、頬を紅潮させ、どきどきとその瞬間を待っていた。

「─結果が出ました、一着、6番Charles選手!」

一番大きな歓声。
隣を見ると、気恥ずかしそうに、でも嬉しそうに観客を見渡すCharlesの姿があった。
どこかで見たような表情。 路地を走る、あのときのLiltaに良く似ていた。
同じくらいの年頃だろうか?
でも、あんなに速い─しかも、レースでの戦い方を、よく知っているチャオだった。

「二着、3番Gale選手、三着─」

ああ、惜しかったんだよなあ・・・
地面に仰向けに手を付いて、円い観客席にふちどられた空を見上げる。
続きは、あまり聞いていなかった。



「─悔しくないのか?」
「─えっ?」
「悔しくないのかって、聞いてるんだ!」

あまりの大声に、周りの視線は一気にこちらへ集まった。
下ではレースの準備に取り掛かろうという、その頃だった。
今、Riveltが息遣い荒く、向かい合って睨んでいる。

「なんでそんな飄々としてるんだよ! 負けたんだぞ、年下のチャオに! あんなに期待されてたくせに!」
「? 別に僅差だし、気にしてねえよ。 それより、お前次に走るんだろ? まだいいのか─」
「っ─いい気になるなよ、君が勝った気でいるのはただの新人戦だし、実際君は負けたんだからな!」

それだけ言ってくるりと踵を返し、唖然とする事務所のメンバーの視線をよそにRiveltはその場を去っていった。
人々も思わず左右に引いて道を明ける。
階段の向こうに背中が消えて、俺はとりあえず座席に着いた。

「・・・俺、なんか悪いこと言った?」
「いいえ、そんな」

Liltaは首を振り、オニチャオの先輩はやれやれと肩をすくめた。

「いつにもましてピリピリしてやがるな・・・ま、ああいうヤツなんだ、慣れてやってくれ」
「はあ・・・」

あのRiveltがいつになく取り乱すなんて、やっぱり様子がおかしい。
だが周りはいつものことだと語るように、興味を他へ移している。

下にチャオたちが集まってくる。
8匹のうち白いのが2匹、その片方がRivelt。
隣のチャオが話しかけてきたようだが、手で追い払うような仕草がここからでも見えた。

アナウンス、チャオたちの名前が順番に呼ばれてゆき、
カウントダウン─高い音が鳴って、歓声と共に、チャオたちは一斉に駆け出した。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第270号
ページ番号
47 / 47
この作品について
タイトル
Final dash
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第162号
最終掲載
週刊チャオ第270号
連載期間
約2年27日