<33> 最速の血

「やっぱりっすね」

Mealの覗く望遠鏡は、コースを走るチャオたちではなく、その少し上を追っている。

「Charles・C・Aress─名門Aress家の長男、か・・・走り方はそっちの流れだけど、やっぱり父方のほうも色濃いね」
「あそこって、一子相伝っすよね?」
「─"彼女"のことが言いたいの?」
「・・・・・・・・・」

望遠鏡をはずし、全体を見渡すようにコースを見下ろした。
先頭は水色、ではなく黒いチャオ─

「Gale君はいつ気がつくだろうねぇ」



Final dash <33> 最速の血



スタートからだいたい100メートル地点。
ここにきて、最後部との差は10メートルに伸び、黒い奴との差は2メートルに縮まった。
第一と第七走者は俺との差を出来る限り最小に保っているが、どうやら普通に地上で走れば、俺が一番速いらしい。

だというのに、前方のCharlesはペースを上げようともしない。
それどころか、一度も後ろを振り返らない。 まるで相手にされていないような気分だ。
─試しに抜いてみるか?

ゆるめのカーブにさしかかり、イン側に横へ一歩踏み出し、一気に蹴った。
抜く瞬間、ちらりと隣を確認する─確かに、抜いた。
そのままlunatic runに近いダッシュでジグザグに逃げきる。
先に見える九十度カーブをカットでやり過ごせば、しばらく追いつかれないはず・・・─

耳元を、何かが横切った。

「─まさか─!」

すぐに視線を前に戻す。 誰もいない─いや、もっと前、カーブのあたり─

緑の短く刈り込んだ芝が舞った。 その中心に、黒い影がひとつ。
そこから直線を描いて、カーブの向こう側へ高速で抜けて行く。
足はついていない─そのまま低空を、飛んでいる。



唯でさえ騒がしい会場が、一斉に沸いた。
誰とも知らない一匹のチャオに、歓声が上がる。
当然だ、普通にはありえないことが起きたのである。

Liltaをはじめとするチャオたちも、空いた口がふさがらないようであった。

「あれって─まさか、もしかして?」
「近年稀に見る天才だな・・・あの血を、あそこまで正確に受け継いだ奴がいるなんて」
「Aress家の・・・? どう考えても、A-Preのレベルじゃありませんよね」
「全くだ─おーい、所長、コーチ長ー!」

チカラタイプのチャオは、少し離れたところにいるふたりのほうへ寄っていった。
Liltaもそれに続く。

「何っすか~」
「Galeの奴、勝てる見込みあんのか?」
「無いよ」

さらりと答える。
守越は二匹が拍子抜けしている間に続けた。

「だからGale君は二位予想で一位は彼に譲って賭けた。 最初彼が後ろから全員を抜いたの、けん制の効果もあったね。 Gale君以外はみんな一位は諦めたみたいだし、当たりそうだ」
「あれ? でも出走してるチャオの事務所関係者はそのレースに賭けられないんじゃありませんでしたっけ?」
「そのへんのチャオにチップ渡してパシらせたっすよ。 にしても彼の場合は世界最強の血がふたつそろってるんっすから、レース界の天下でも取っちゃうかもしれないっすよ」
「ふたつ? Aressと・・・どこですか?」
「本人に聞く機会もあると思うよ」

Liltaは不思議そうに首をかしげたが、レースに目を戻した。



「やべェ─なんて速度だ」

思わず呟いた。
Charlesはとうに着地していたが、俺と奴との差は、ぐんぐん開いていく。 俺だって飛ばしている筈なのに、黒い姿は小さくなっていくだけだ。
打開策、打開策─なんとかしたい。 だがもうコースの半分は切った。

奴は普通に走っていても、相当の速さがあるのは見ての通りだ。
最初から上空を飛んでいて姿を見失っていたとも考えられるが、それにしては会場からの反応がなかった。 大騒ぎしだしたのは、俺が抜こうとしたときだ。

・・・腹の立つ奴だ。 最初から、手加減して後ろについてやがったんだ。
完全にナメられている。 真剣にやれよ。
自分でもそうと分かる程に判断力を失って、俺は後のことを考えず思いっきり地を蹴った。



「・・・何であそこでlunatic run・・・」
「あー、焦ってるっすね~。 それとも観客サービスっすかね」

天才、Trackの持ち技を無名のチャオが完璧に習得しているのを見て、観客席は更にざわついた。

「焦るの、分からなくも無いけどね。 おじいさんの若い頃にそっくりだもん、あの黒い子」

守越は観客席の手すりに寄りかかったまま、後ろの座席で不機嫌そうにしているチャクロンの方へ振り向いた。
Mealもにたにたと嬉しそうに、シャークマウスの口角をあげる。

「ねっ、黒いおじいさん」
「可愛いお孫さんっすね~、師匠」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第256号
ページ番号
44 / 47
この作品について
タイトル
Final dash
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第162号
最終掲載
週刊チャオ第270号
連載期間
約2年27日