<30> 決戦前夜
Final dash <30> 決戦前夜
「よーっ、ごきげんうるわしゅう」
「だから何処がだっつーの・・・あと─」
きっ、と隣を睨む。
いつのまにやら、Liltaの手を取っているTrackをだ。
「へぇ、可愛いね。 こんなのと一緒にいるより僕と─」
「あのー・・・」
「─そーいうところは変わってねぇのな」
強引に間に入って、TrackをLiltaから引き離した。
露骨に気に入らなそうな顔を見せられる。
「・・・で、何の用だよ」
「そう! それだよ! 聞いてくれ、超多忙な僕がなぜこんなところにわざわざ来てやったか分かるかい? 分からないだろう! なんせわざわざスケジュールを早めに切り上げてお忍びで」
「御託はいーから」
「何だい、君が明日初めてのレースだって言うからわざわざこの僕が来てやったというのに、不機嫌だなあ」
ああ、そうか─
・・・いや、大体想像はつくが、
「何で知ってるんだよ?」
「ここのがらくたの寄せ集めみたいなとこの主人に聞いたのさ」
やっぱりか。
これだから、奴は野放しにしておけない。 見張ってもいられないが。
「なんだよ、覚えてないのかい─練習の相手をしに来てやったんだよ。 去年僕の初めてのレースの日の前日に、君の方から付き合ってやるって言ったんじゃないか」
「・・・そうだっけ?」
「そうさ。 ほら、ここらへん走るとこあるだろ?」
強引に腕を引っ張られ、広場の端から伸びる通路に連れて行かれる。
いつかのように月明かりと表の通りからの光で、なんとか足元は見えた。
しかし先に行けば行くほど暗くなって見えるせいか、なんとも不安なコースだ。
「この廃墟の周りを10しゅーう。 もちろん先に着いたほうが勝ち」
「じっ・・・10周!?」
「なんだと、僕は君にこの3倍は走らされたぞ。 嫌がらせも良いとこだった」
ふざけるな。
この建物の周りがどれだけ長いか知っていて言ってるのか。
「ではお嬢さん、スターターをお願いするよ」
「えっ─あ、はい」
Liltaがスタートの隣に立つと、Trackも見えないラインの手前に準備した。
「は? おい、待てよ」
「さっさとして、行くよ?」
「いちについてー」
「待てってば」
「ごたごたうるさい」
「よーい・・・」
ざらざらした地面に両手をついて、腰を浮かせる。
「・・・ったく、仕方ねーな─」
ああ、明日早いのに。 俺こんなところで何やってんだろう─
「スタート!!」
大欠伸も何回目だろうか、守越の運転する車の車窓からは大きな銀色の壁が見えてきた。
人間が6人乗れるほどの車に、チャオ十数匹がずらっとシートに並べられている。 左右に余裕はなかった。
そのくせ、Mealは補助席を独占して上機嫌のようだ。
「Galeー、つくよついたよー」
隣が、対Rivelt戦のときのスターターなのは何かの陰謀だろうか。
遠足に来た幼稚園児のように、狭い中ぱたぱたとはしゃいで見せた。
一応先輩だが、とてもこいつに敬語を使う気にはなれない。
「分かってるよ、狭いんだから静かにしてくれ」
「でもねぇっ、僕は前シーズン最後の大会の初日の開幕戦を走ったからねっ、今日は走んないんだー」
「? そういうもんなのか?」
「ああ、開幕戦はスポンサーへのアピールになる大事な試合なんだ」
座席の内側、左隣のチャオが口を挟んだ。
力タイプで、たまにすれ違うと思いっきり背中をたたいて挨拶してくるチャオだ。
「この大会だと3日間の開催なんだけどな、初日にはA-Preのレースと初日開幕戦って奴がある。 初日のレースには裏番組がない─つまり、会場に来ている全てのスポンサーに見てもらえる。 2日目以降は同じ時間に複数のレースがあるから、印象付けするんなら開幕戦が一番いいってことだ」
「初日は事務所からぁっ、特に注目して欲しいランナーを選出して走るんだー♪ うちは大体かぶらない様にみんなを交代させて出してるけどっ、姉御だけは毎回走ってるよー」
「・・・でもそいつとは会場で待ち合わせなんだろ?」
「うん、修行いってたからねぇっ、その帰りがけー」
シーズンあけの最初の大会ともあってか、外は相当混んでいる。
会場にたどり着くには、もう少しかかりそうだ。
なんとなく、最後部の座席を振り返った。
ほかのチャオたちはわいわいと談笑しているが、Riveltだけは窓際の席で妙にぴりぴりと外を眺めていた。
信号が変わる。 車の列は流れ出し、会場はクローズアップされていった。
それでも、それほど緊張はしない。
勝敗は覚えていないが、昨日の夜Trackと走っておいて良かったとつくづく思う。