<28> 好き嫌い
「おー、やっとるやっとる」
老眼を生かして、チャクロンは一番奥のトラックを眺めていた。
銀色の反射するとなりで、GaleとLiltaが立っている。
「チャクロンさんも走ればいいのに─A-Lifeクラス、突破したんでしょう?」
足音と共に聞こえた声に、彼は振り返って応えた。
「ずっと昔の話じゃよ─若いのに任しとく。 でも、わしも生涯現役のつもり」
チャクロンはにぃっと笑って、視線を元に戻した。
渡良瀬は彼のそばにしゃがみこんで、一緒にそれを見つめる。
Final dash <28> 好き嫌い
「追って抜く能力に関しては、現時点では言うこと無いんっすよ~」
Mealはファイルをめくりながら言うのが聞こえて、俺はあわててそっちへ向き直った。
彼がそうしている間に俺はぼんやりと遠景に走るチャオたちを眺めていたので、
ついぼーっとしてしまっていたのだ。
「たーだ、この先それだけじゃ色々厳しいんっすね~。 先にリードしてても、割とすぐに抜かれちゃうんじゃまずいっすから、"逃げる"練習をするべきっす」
ファイルを適当に放り投げて、ぱんぱんと手を払うと、俺をスタートラインへ手招きした。
Liltaはコースの外へ下がる。
「スタートしたら、オレが大体その10秒後に出るっす。 三周する間逃げ切ってもらうっすけど、ちょっとしか手加減しないっすよ~」
「・・・三周?」
「三周でいいっす。 後からだんだん周回数を増やすっすよ~」
こんな小さめのトラックを三周するだけなら、逃げ切れるんじゃないかと思いつつも、
とりあえずクラウチングして合図を待つ。
「─んじゃ、スタート~」
ラインを蹴って、軽めのダッシュで駆け出した。
そうしたからといってどうと言うわけでもないが、なんとなく気になって10秒数えてみる。
7・・・8・・・・9・・・・・
「じゃ、行くっすよ~」
「─・・・?」
振り返ったときには、あの銀色の姿は見つからなかった。
本当はまだスタートしていないんじゃないかとさらに先を見てみるが、やっぱりいない。
とりあえず走ろうと視線を戻したそのとき、
「─追いついちゃったっすね~」
すぐ後ろに着かれているのだから、ぎょっとした。
あわてて低空姿勢で地面を後ろへ蹴り、短めのlunatic runを試みる。
ジグザグに3回ほど飛んで少しは離しただろうと後ろを見ると─まだ、いる。
まさか、ぴったりついてきてるとか、そんな気味の悪いこと・・・無いよな?
カーブが見えてきた。 大振りにカットをしてMealの様子を観察すれば、どうだか分かる。
急角度に地を蹴って、ちらり、と後方に視線を流す─
─予想外の位置に、Mealは舞っていた。
「そんなんじゃ抜いちゃうっすよ~─」
声は、上空から降ってきたのだ。
放物線を描きながら、俺の動きをぴったりマークしている。
驚いて、自分でも怯んだと分かるほどに、俺はバランスを崩してギリギリコース内に入ったところで足をついた。
と、その瞬間、真隣にMealは着地した。
彼がにやりと笑ったのが、あまりに至近距離だったお陰ではっきりと分かった─
一周もしないうちに抜かれ、相手が相手だとは言え情けない気持ちになりながら、一旦MealとLiltaの方へ戻る。
Liltaはまた変なオーラを発していなければいいがと思ったが、意外にも仕方ないです、とちょっと笑って見せた。
「ひゃー、とことん追撃タイプっすね~、まるで逃げる技術が無いっす。 学校でやらなかったんっすか?」
「いや、それがそこの成績だけとことん悪くて・・・」
「・・・やっぱ、元々そういうタチなんっすね」
Mealの言った事がいまいち飲み込めず、Liltaは首をかしげた。
「要は、性にあってないんっすよ。 抜きたいときは色々策を考えて驚くぐらいうまく抜けてるっすけど、逃げるときはどうしてもあせってるように見えるっす」
「・・・確かに、逃げるのは好きじゃ無ぇけど・・・」
「でも、」
ファイルで軽く俺の頭を小突いて、Mealは急に真剣というか、人の不幸を喜んでいるのに似たような表情を浮かべる。
「嫌いでも、やらないと負けるっす~。 逃げ切ってなんぼっすよ、レースは!!」
「っ─じゃあ、どうしろっていうんだよ」
Mealは、さらににたにたを強めて、
「好きになるまで、とことん練習あるのみっす─!」
俺にぎらぎらと微笑みかけた。