<19> よく騙される日 つづき

「ごめんね、もう、ふたりとも仕方ないんだから」

マネージャー、と名乗る女性をLiltaに紹介してもらい、別の、狭いがもっとちゃんとした部屋に通された。
おそらくレース関連のものであろうビデオテープや雑誌、何かの書類が山積みにされた事務机(所長のものらしい)。
それらとは別世界の空間に、古いがまともなローテーブルをはさみ、対になったソファに座る。
また、紅茶が出されたが、湯気はたっていた。

「”温かい”紅茶はまだ飲んでないでしょう。 所長、いつも冷ましてから出すの。 冗談半分のいやがらせ目的でね」
「・・・・どうも・・・・」

「という訳で、はじめまして。 渡良瀬と言います」

長い栗色の髪の、背の高い人間だった。
守越を見た後のせいか、髪のハイライトが妙に目立って目に映る。

「入所希望、ってことだけど、走りは見せ・・・てもらった限りでは、良かったんじゃない?」
「良かった、って・・・入所テストみたいなの、あるもんなんですか?」
「一応ね。 ここは─・・・あんなのだけど」

常識的な動作で紅茶をすすり、またテーブルに置いた。

「お姉ちゃんのときはお財布を盗んでいきましたよね」

Liltaがちらっ、と事務机へ目線を向けて言った。
いくつかのビデオが乱雑に散らばっている。

「そうそう、まだ撮ったビデオが残ってるのよね。 Bellは誰にも見せるなって言ってたけれど」

残念だな、興味あったのに。

「まぁ、いいわ。 あの人のことだから、君ぐらいなら入所させてくれるでしょ。 えーと、ボールペン無いかしら・・・」

渡良瀬はそう言いながら事務机のほうへ歩いていき、勝手に物色し始めた。

「そんなんでいいんですか?」
「良いわよ。 あ、あったあった。 それと、紙は─やだ、印鑑まで転がしてある」

おい、それ、一応人の印鑑だろ?

「相変わらずですね、守越さん」
「・・・・全くよ」

3つアイテムを手にし、ソファに座りなおして俺の前に広げた。
そのうちの一つ、紙には、正式に入所がどうこう、最後にサインする為の欄がある。

「ここにサインして」

ボールペンを手渡され、名前を欄に記入する。

「ありがとう。 じゃ、印鑑─よし、OK。 入所おめでとう」

『守越』と書かれた印鑑を勝手に押すと、紙を上着のポケットに入れた。

「・・・本っ当にそれだけで良いんですか? 俺、騙されてないっすよね?」

そう俺が訊くと、彼女は立ち上がって答えた。

「これ以上騙さないわよ。 じゃあ、先に”地下に”行っちゃいましょう」


一瞬、いや、数秒耳を疑う。


「・・・やっぱり、騙してるんじゃないですか?」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第190号
ページ番号
28 / 47
この作品について
タイトル
Final dash
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第162号
最終掲載
週刊チャオ第270号
連載期間
約2年27日