<19> よく騙される日
Final dash <19> よく騙される日
「っ─てめぇ!!! 騙しやがったな!!!」
「騙しただなんて、人聞き悪いなぁ~」
俺が古い事務机をたたくと、カタカタとコップが危なっかしく揺れた。
「会議室」の張り紙のはられた適当な部屋に適当に通され、適当に紅茶が出され。
「何? 俺の走り、ビルの上から録ってたって?」
「そうそう、そのためにこのビデオカメラ買ったんだから。 DVDもOKなやつだし、高かったんだよね。 ご苦労様」
守越、と名乗った男は、ぽんぽんとビデオカメラをたたきながら言う。
その最後の「ご苦労様」だが、どうやら俺にではなくその隣に座る銀色のチャオに言ったらしい。
部屋には古い事務机を3つほど並べられ、壁際余っただけの椅子がいくつか山積みにされていた。
時々、今回のように応接室の代わりにするらしいが、俺ならともかく、
もっとちゃんとした話をするときはこれじゃマズいんじゃ無いだろうか。
話では、Mustから俺がこの事務所を訪ねに来ることを(居酒屋で)聞き、
元演劇部所属の事務所所長兼コーチ長である守越(と、一応言っておくか)がわざわざ誘拐犯のフリをして、
俺の実力を試すためにLiltaごと逃走、とのことらしい。
それを録画して保存する作業を銀色のチャオ─Meal(コーチらしい)が受け持ち、チェックしているそうだ。
ありがちな話だが、実際にこういう事をする人間が居るものなんだなと、ほとほと感心した。
「─で、Lilta、お前もこの事知ってたのか?」
「え、いいえ、知りませんでしたけれど、でも守越さんなら何かしでかすだろうとは思っていました」
「なら先に言えよ・・・・くっそ、あの酔っ払い、後でぶん殴ってやる」
今からでもチカラのスキルを鍛えてみるか。
それはともかく、と守越が切り出す。
「にしても、君には素質が全く無いねぇ」
かなり冷めた紅茶を噴出しそうになるところで、あわてて止めた。
「いきなり何だよ!?」
「そういえばさっきのやつ、Bellの走り方に似てたけど、誰かの『lunatic run』ってのにも似てたような気がするなー・・・接触あったの?」
俺の突っ込みそっちのけで、勝手に話を進めていく。
Mealと言う銀色のチャオも、
「先輩、たしかMustの話ではBellと勝負してたらしいっす。 lunatic runのTrackって奴とも、レース学校の同級生っす~」
「成る程ね、だとしたら凄い観察力と吸収力だ。 Lilに勝るとも劣らないかな」
と話を進めるのに一役買った。
言うと、守越は紅茶を(何故かスプーンで)一口すすった。
何故か彼のカップからだけ、凄い勢いで湯気が立っている。
俺は、そりゃあどうも、と短く返した。
「そうだ、Lilta、Alfの奴を探してるって~?」
ようやくまともな話題に移りそうになって、期待─
「はい、それもあってお邪魔したんですけれど・・・あっちとは連絡つきますか?」
「どうだろうねぇ、最近国際電話の一本も入れてねぇからな~」
「お茶のおかわり、要る?」
「あっ、頂きます」
「にしてもBellちゃんも急だったっすね~。 可愛いのになぁ」
─・・・出来ないな。
「そうだ、あのさぁ、あそこにプラモ屋出来たじゃん、そこの四階がまだ空いてるらしいんだ。 事務所、そっちに引っ越さない?」
「何言ってるんすか、うちにそんな費用ありません。 家賃ギリギリっす~」
「君が家計簿つけ間違ったせいでしょ?」
「いや、先輩がプラモ代を経費で落とすせいですよ~」
延々と続くしょうもない議論を目と耳で追うのに愛想をつかせ、俺は椅子から飛び降りた。
「・・・・Lilta、この部屋から出よう」