<16> スクランブルの日
16回目にして、やっとコンセプトが確定してきたのは内緒の事実(蹴)。
ごめんなさいごめんなさい。
いつもより、早く目が覚める。まるで、遠足を楽しみにしている小さな子供のように─
それなら、別に良い。 ─そうであれば、良いのだが・・・
しかし生憎、時計はもう朝の9時を指していた。
Final dash <16> スクランブルの日
「やっっっっべーーーーーっっ!!!!?」
そんな大声が響き飛んだせいか、部屋が少し、ミシっとしなったような気がする。
ただ、陽光は指すし、扉の外のざわめきは絶えないし、時計は正常に時を刻んでいる。
壊れているわけでもないらしい、というのが俺の気をさらに焦らせた。
Liltaとの約束の時間は、8時ジャスト。1時間オーバーだ、いくら彼女でも怒っているだろう。待たせすぎだ。
こんな大切な日に限って、何やってんだ、俺。
窓の外を覗き、待ち合わせ場所である正面の出口(数え切れないぐらい出入り口があるがその中で最も正面と呼ぶにふさわしい所)の周りを目で探った。
しかし、外でたわむれるチャオだけで空間は埋まり、Liltaの姿はそこにない。
「っかしーな・・・部屋の外か?」
あまり遅いものだから、俺の部屋の前まで来ているかもしれない。
そう思ってドアに手を掛けるが、いつかのように誰かとぶつかるわけでもなく。
ただ2匹のチャオが話しながら側を通り過ぎるだけだった。
「・・・自分の部屋・・・・か?」
Liltaの部屋の前まで、傾いた不安げな螺旋階段を一階降り、5つ部屋を通り過ぎて急ぎ足で歩く。本当に良く出来てるな、ココ・・・・
目の前にあるチャオらしいサイズの扉を、とりあえずノックしてみる。
─反応なし。
「おーい、Lilta~?」
居ないのだろうか?
「西洋式じゃないとダメか?」
3回ノックしてみる。
すると、やっと眠たそうな声で「はぁ~い」という返事が聞こえた。
2回ノックと、どう違うのだろう。
ガチャッ、と、蝶番で板を止め、曲がったパイプを取っ手として利用してつけただけで、他は何の細工もしていないはずのドアが音を立てて開いた。
俺の顔を見るなり、「あっ、あれっ?」と、ポヨを?にし、状況が理解できていない様子を見せ、
「もう9時」と言うとぱっと口を押さえる。同時に、ポヨも!に変わった。
「あっ、すみません!!! 寝坊して─どどど、どうしよう・・・」
今度はグルグルに形を変え、意味も無くうろうろと周りに視線を泳がせる。
「いや、どうしようってことも無いだろ。 事務所には何時に行くとか、何も連絡入れてないんだし」
「・・・・あ、そっか」
俺がそうやって巧みに自分も寝坊していたことを晒さずに済ませると、Liltaはやっと落ち着きを見せた。
「そうですよね、うん」
と、自分を納得させるようにして続ける。
何か、さっき頭の中で自分のことを散々けなした事をLiltaに言ってしまったような気分がし、朝っぱらから何故か罪悪感に浸るハメになった。
「えっと、仕度出来て─るワケ無いよな」
「いえ、昨日の晩に済ませました!!!」
俺より要領が良い。
ある意味では色々負けっぱなしで、なんとなく悔しい気分になる。
「行きましょう、行っちゃいましょーうっ!!!」
部屋から飛び出して、俺の手を引っ張った。
側を歩くチャオたちが、あわててそれを避ける。
─俺より、元気じゃないか。
「大通りにあるんです」
昼間の、混雑したメインストリートを、久々に歩く。
Liltaはもう慣れているのか、上手く人間の間を縫って歩いていくが、
俺は隣にハイヒールやら革靴やらが急に現れるだけで、毎度毎度寿命を縮められた。
この前は観察する余裕も無かったが、良く見れば同じ目線の高さにちらほらとチャオの姿もあった。
中には何人か友達同士らしきチャオで話しながら歩いていたり、
さらにはチャオサイズのトランクを抱えて腕時計を見ながら駆けていく者までいる。
頭身が短いせいだろうか、不釣合いな行動に見えた。
「ここを渡ったら、すぐですよ」
言われるが、横断歩道の反対側は人ばかりでよく見えなかった。
信号は赤。
ガードレールの向こう側をせわしなく車が行き交い、ある意味では良く事故がおきないものだと感心しても良いだろう。
やがて、信号が青と言う名の緑色に変わると、人の波が一気に流れ出した。
あぶなっかしく、その中で俺とLiltaの足が押されるように前に進んだ。
「・・・・生きて渡れるとは思わなかった・・・・」
「? 何の話ですか?」
「・・・・いや、何でも・・・・」
もう、目の前には事務所のビルが建っている。
一階がピザ屋、二階がレンタルブティック、そして三階にレース事務所。
「─じゃあ、行くか。 Lilt─!?」
─Liltaが、居ない。
人々のどよめきが、俺の耳にも走るように入ってきた。
一人の人間が、走って路地へ入っていくのを目に捉える─何かを、抱えているように見える。
一瞬、チラッと、しかしはっきりと─Liltaのポヨが、人間の左肩から、はみ出していた。