<15> 電球の明かり つづき。
「私はよく覚えてないけれど、小さい頃に拾ってもらったって、お姉ちゃんは言ってました。 その家族のお父さんが、レース事務所の所長さんでした。 子供は、中学生のお姉ちゃんがひとり。そこのお母さんに似てて、やさしかったんです。 いっぱいお話ししたりして。 お父さんがすごく熱心で、ランナーにも、そのコーチにも、よく様子を見に来ては声をかけていたの、覚えています」
お父さんだとか、お母さんだとか、お姉ちゃんだとか、もともとなんの関係もない人間のことをそうやって呼ぶあたり、仲が良かったのだろう。
もともと、親という概念があまりないチャオには、珍しい。
「子供は、そのお姉ちゃんしかいなかったから、あの、男の子がいないから、お兄ちゃんはお母さんにとても可愛がられてました。 もちろん、私たちも可愛がられてたけど、特にお気に入り、っていうか。 でも、ある日、お兄ちゃんとお姉ちゃんがレースに出たときに、その─」
「─・・・・走ってる途中で、なんか、コースの側にあった、5メートルぐらいの、固定カメラが置いてある台が、お姉ちゃんの方に、倒れてきて・・・お兄ちゃんは先に走ってたんだけど、その、また戻ってきて、お姉ちゃんを助けに行ったんです。そしたら、お姉ちゃんは助かったんだけど・・・・」
「・・・その、Alfeetってチャオが、巻き込まれたんだな」
「・・・・・・はい・・・」
ぼぅっとした明るさで、ぱっとした感じもなく。 天井からつるされた電球は、それでも部屋を照らす。
思い出したくなさそうだった。
それが、全ての始まりなのなら、当たり前だろう。
「右腕を失くして、羽も損傷して・・・丁度、外国での初めてのレースを、控えていた頃でした」
「・・・・そうか」
「それで、あの・・・責任を、お姉ちゃんがとらされたんです。 お父さんが凄く怒って、『どうせ役立たずだったから、追い出してしまってもかまわない。まだ足は残っている、Alfeetが走れるようになれば特に目立たないチャオは要らない、よそに回す』って・・・お姉ちゃんを、この国の事務所に追い出したんです。 私も、一緒に。 でも、それからすぐにお姉ちゃんはレースを止めちゃって・・・・」
「今に至る訳だな」
「─はい」
なんともいえない空気が、また俺らの周りを包んだ。
生ぬるい、どんよりとした、灰色を含めた空気が。
「分からなくも無いな。 レースが嫌い、ってのは。 ただ、お前が嫌いだってのは、何なんだ?」
「・・・・・・さぁ。 でも・・・大体のチャオや人間のこと、嫌ってると思いますけど。 それで、頼みごとっていうのは・・・・その、お兄ちゃんを、一緒に探して欲しいんです。」
「Alfeetを? その事務所に居るんじゃ無ぇの?」
「そう思って、連絡したんです。 でも、そこにはもう居ない、出て行った、って・・・・」
どうも俺は、Bellがレースを嫌うのと同じくらいにこういう空気が苦手らしい。
すんなり次の言葉が出てこないが、適当に言ってみる。
「随分出て行くのが好きな兄妹なんだな」
「だったら、私もかな」
「多分、そのうち俺の元を離れていくと思う」
「どうして?」
「そのころになれば俺が浮気してるかも」
もちろん冗談だが、小さな子供だ、目を丸くして言葉の意味を飲み込もうとしていた。
俺が「冗談だよ」と言うと、やっと笑ってくれたが。