<13> 廃れた道
Final dash <13> 廃れた道
「いいわね、このビルの周りを、先に三周した方が勝ち、とするわよ」
「・・・・・了解・・・・・・・・」
もう白雲も黄昏ようか、といった頃だった。
今日最後の陽光は暗みを帯び、辛うじて頭上に浮かぶポヨを微妙にも照らす。それから下は、もう夜だった。
ろくに光の当たらない路地でも、ここがかなり乱雑と散らかっていることは分かった。
倒れたゴミ箱。つれて、散らかるゴミ。 折れたパイプに、どこかの看板。
こんなところで誰が見るのやら、不動産の広告や、人が書いたと思われる近隣への苦情、もとい愚痴をかいた紙。
普通に走っただけで、躓きそうだ。
「Lil、目印にここで立っていなさい。」
Bellは壁をつたうパイプのそばを指差して言った。
風は全く吹いていないことを、Bellの砂埃に汚れたフード付きのマントが物語る。
「じゃあ、始めましょう」
「・・・あのさ、俺がここを出て行くようなことになってしまう前に聞きたいんだけど─」
「随分弱気ね。何?」
大人しくいわれたとおりの場所で立っているLiltaのほうを振り向くと、彼女も目に黄色いハイライトを入れてこっちを見つめ返した。
「・・・レースが嫌いっていうあたり─俺には良くわかんねぇんだ・・・だから、何でか気になって・・・」
その後のこと、本題が、素直に口からは出なかった。
Liltaの目の前で、万が一彼女を傷つけるようなことを口に出してしまったら・・・多少オーバーに言えば、罪悪感で一生悩むかもしれない。
「─勝ったら、教えてあげるわ」
「タダの情報じゃあ無さそうだな─」
心の中で苦笑しながら、Bellにならってクラウチングする。
ざりっ、と、コンクリートの上に薄くかぶった粒の細かい砂が鳴る。
「カウントダウン─3・・・2・・・1・・・」
Liltaの声が静かな路地に響く。
「・・・スタート!」
その声を耳に挟んで、駆け出した。
スタート三秒後、Bellは俺より1メートル後方を走っていた。スタートで、俺より一一歩出遅れたようだ。
勿論後ろを振り返る余裕があったわけでもないが、都合よく西日が後ろから注いでいるので、影の具合で距離が分かるのだ。
─なんだ、案外遅いな─と考えて二秒、そこまでだった。
「─!!?」
何が起こったのか、良く分からない。
ただ分かったのは、一瞬のうちに通り越すところだったドラム缶が、
足先ギリギリ3センチのところで、ガコンっ、と音を立てて倒れたことぐらいだ。
「わっ─何が─!」
そして前方には、埃っぽい空気で霞のかかったBellの後姿があったのである。
「っくそ─危ねーな!!」
ぴょんとドラム缶を飛び越したときに、大きくドラム缶がへこんでいるのを目にした。
─まさか─いや、でも─Bellが、俺を後ろから追い越すために、これを蹴って勢いをつけたという考えしか、思い浮かばない。
どっちにしろ、まずは観察だ─普通に走るときは、意外にも、そう自分と変わらない速度なのだ。
─と、そのままならよかったのだが。
曲がり角にBellが差し掛かったときだった。
地面をかかとを浮かせてつま先で蹴り上げたと思うと、一瞬で角から消えてしまったのだ。
「な─!? もう曲がり終えたのかよ!!?」
ほぼ、瞬間移動である。
とりあえずそれに続いて、後を追う。
差はせいぜい5メートルほどだ、さっきので8メートルぐらいになったと考えて─加速すれば、追いつくだろう。
そう考えて、俺も続いて角を曲がった。当然、Bellの位置を確認する。
予想外だった。俺より、15メートルも先を走っていたのだ。
「一気に加速してる─?」
さっきよりは、断然速い。 かなり地形が悪く、木の柱やらトタンやらが転がっているのを、ものともせず走っている。
─さっきのカーブに何か関係してるのか・・・?
Bellが次のT字路をもうそろそろ曲がる。さっきは見えなかった分、ぎゅっと目を凝らした。
地面を蹴る─直線を描いて正面の壁─また直線─黒い弾丸のように、辛うじてBellを視界に捕らえた。
─そして曲がり終えたら・・・次の道の地面に降りる、ということか・・・
まさか、そんな動きをするとは思わなかった。
丁度、人間が水泳でプールの壁を蹴るように、壁や地面を蹴って一瞬で移動する、そんな感じだ。
砂埃が目に入って痛いが、どうにか差を縮めなければならない。
─Liltaがかかっているんだ─なにか、手を打たないと─
しかし、考えても考えても、ダメなものはダメなようだ。
相変わらずBellは遥か前方を加速を続けながら行っている。
比べて、俺は足元の廃材に躓きそうで加速どころではない。
次のカーブ、さらに次のカーブ─どんどん、Bellとの距離は離れていくだけだ。