<10> 純粋の形
Final dash <10> 純粋の形
遅くまで起きていたせいか、昼近くまで眠っていたらしい。
起きた頃には部屋の外がざわついていたし、時計ももう正午過ぎを指していた。
早起き派なんだけどなぁ、と俺は身を起こす。
「─わっ─!」
身支度をして、ドアに手を掛けたときだった。
ドアの先が何かにぶつかって、びたん、と死角から音がした。
「誰─?」
ドアの外側を覗き込むと、チャオが一匹、床に倒れている。
おそらく年下の、女の子だった。ヒーローチャオだ。
「大丈夫か?悪ィな」
そういって手を貸し、そのチャオは身を起こした。
「すみません、よそ見してました」
ぺこりと頭を下げる。
再び彼女が頭を上げたとき、目が合った。
「─あっ、水色の、ソニックチャオ─」
「どうかしたか?」
と、チャオは俺の後ろに回りこみ、
「やっぱり、トゲを結ってある─」
とつぶやいた。
「な、なんだよ─」
「Galeさん、ですよね?」
俺の目の前に向き直って、愛想のよい声で言った。
「レース、やってたっていう?」
「なんだ、聞いてたのか」
「はい。お姉ちゃんにも会ったんでしょう?」
「─お姉ちゃん?」
今までに自分がここであった女性のチャオといえば、Bellぐらいしか思い当たらない。
「もしかして、Bellの妹?」
にこりと笑って、うなずく。
自分から聞いておいてなんだが、信じられない。
こんなににこにこしたチャオが、あんなに刺々しいBellの妹だなんて。
「ねぇ、よかったらレース教えてくれますか?」
幼い声で俺の手を引っ張る。目はうれしそうに輝いていた。
特に何も用事はないし、暇だし、引き受けない理由は何一つ無い。
「─あー、いいよ、俺でよかったら」
空は晴れている。
すすけたビルの間といえど、晴れれば明るいものは明るい。
他のチャオたちも、外に出てきて遊んだり、本を読んだりして過ごしていた。
俺は彼女を連れて、人気の少ない通りへと歩いた。
「Lilta、だっけ?」
「うん、Lilta・Purstain。」
Purstain─姉であるはずのBellとは名字が違うが、本当に姉妹なのではなく「姉」と呼んで慕っているのだろう。
それなら、この性格の相違にも頷ける。
「レースが好きなんだな」
「─・・・うん。お姉ちゃんが走ってるとこ、すごくかっこよかったの」
丁度走れるぐらいの長さがある路地に入って、俺は立ち止まった。
「どれぐらい走れるんだ?」
「んー、あんまり。お姉ちゃんが走ってるの、見てただけだから」
「じゃあ、一度向こうの方まで走ってみろ」
俺が路地のさらに奥を指して言うと、クラウチングしてLiltaは走り出した。
すると、自然に加速しやすい形になるものだから、相当Bellを観察していたことが分かる。
小さな子供にありがちな、動きが派手で難しいところだけ真似しようとする訳でもなく、
細かな基本の部分をよく見ていたのだろう。
「OK、戻って来い」
俺はLiltaを手招きした。
「案外、上手いんだな」
「そうですか?」
「結構な観察力だ─」
「そうね、私と同じで」
あの冷めた声─その声の降り注ぐ方へ、首を上げた。
低い三階建てほどのビルの上に、Bellがいたのだ。