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Final dash <6>

十数分走っただろうか。
周りの景色がどんどん流される中、路地裏とはいえ、一度も誰の目にも留まらなかったのは奇跡といえよう。

─こんなに長く走ったのは、多分初めてだ─
とりあえず、俺はTrackの後に、4,5メートルの間隔をあけて追っていた。
本当は縮めたい間隔であるけれど、それは不可能だ─
Trackは、実際にはもっと速い。
わざと手加減し、俺を弄んで面白がっているだけで、きっと本気を出されたら、俺なんかひとたまりもない。
ちょっと本気を出せば、ものの数秒のうちにこの差は10メートルにもなってしまう。
Fliaにも、すぐに追いついてしまうだろう。

「くっそ、待ちやがれ!」
「君が待てといったからって、僕が待つとでも思ったのかい?」

時がたてばたつほど、風が強くなっていく。
追い風に押されているせいか、俺は風が強くなるにつれて焦った。
見る限り、Trackの走りは余裕だらけだ。
俺はこれで精一杯、なのに─。

「─無駄に僕に話しかけてくるところから見て、だいぶ焦ってるみたいだね─」

Trackは角に差し掛かったところで少し振り返り、口元に笑みを作った。
目まで、嘲る様に光っている。
奴は少しずつ加速していき、ジリジリと俺との差を広げていった。

「─さて、そろそろ鬼ごっこも飽きてきたし。行こうかな─」

そのとき─俺が角を曲がった時には、もう、Trackの姿は無かった。

いくら曲がり角だったからといって、次の曲がり角までには30メートル程はある。一瞬で姿を消すなんて、普通では不可能な芸当だ。
考えられるのは、ただひとつ。


─間違いない、「lunatic run」をやったんだ─


奴がその話を言い出したのは、丁度、俺等が学校に入学した頃─三年前だった。
マスコミには「6歳の頃」と言っているらしいが、実際には奴が「lunatic run」を完成させたのはそのあたりの頃だったはずだ。

lunatic run─一瞬で最高速を超える程に加速出来る、Track特有の走行方だ。
どういうメカニズムであれだけのスピードが出るのかは分からないが、初めて見たときは─いや、正確に言えば、見えなかった。
例えば、Trackが誰かの後方5メートルほどを走っていたとする。
そこでlunatic runを使うと、一瞬で5メートルリードして抜いてしまう。
要するに、一気に10メートルほど移動できる、瞬間移動のようなものなのである。

よく、修羅場で使っていたのを見た。
不思議なことに、ひとつのレースでは一回、多くても二回ほどしかlunatic runをしなかったし、
時々、負けそうになっても使わないこともあったが、
使ったレースでは必ずと言っていいほど、一位の表彰台を取っていた。

やるほうはいいだろう。でも、やられたほうは絶望的だ。

lunatic runをやった─しかも二回連続で─と考えれば、姿を消したのも合点がいく。
俺とTrackの差は、もう約15メートルにもなっていた。
そしてlunatic runを使うと、それが25メートルに広がるわけである。
もう一回使えば、35メートル。
あっというまにこの通りを抜けてしまうのも、これなら有り得る。

─要するに、見失った。一言で言える割に、絶望的な状況だった。
しかも、非常に運の悪いことに、次の曲がり角はT字路、正面は突き当たり─

「あ"ー、もう、どうしろって言うんだよ!!」

せめて、曲がり角の先の道が、100メートルぐらいの長さがあることを祈るのみだ。
まぁ、こんな都会でそんな一本道の路地があるとは考えにくいが・・・

T字路にさしかかると同時に、まず俺は右の道のほうへ目を向けた─20メートルほどで、誰もいない。
左も見てみる─同じく20メートル程─しかし、ひとつ影が目に映った─

─あれは─Track!!?─

ラッキーなことこの上ない。路地の影は、間違いなくTrackのものだ。
それはいいのだが、どうして20メートルの路地で見つけられたのだろうか?
差は35メートル─完全に次の角を通り過ぎている筈だった。
なのに、今やっと、曲がり角の手前3メートル、といったあたりだ。

─・・・・さっきより、遅い・・・?─

見るからに、スタミナ切れといった感じの走りだった。
何故?俺よりスタミナはあるはず─

─もしかして、lunatic runのせい─?

いつもと違って、二回連続で使った。
しかも、長時間走っている。
もしかしたら、lunatic runは膨大なスタミナを使うのかも─?

差はどんどん縮まっていった。
追い風に押されているせいか、それともTrackが遅いからそう見えるのか、今迄で一番速く走っているように思える。

あと10メートル・・・・5メートル・・・・3・・・2・・・1・・・!

「─捕まえた」

あと1メートルのところで、俺はTrackに後ろから飛びついていた。
もう、手はしっかりとTrackを地面に押し付けている。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第170号
ページ番号
9 / 47
この作品について
タイトル
Final dash
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第162号
最終掲載
週刊チャオ第270号
連載期間
約2年27日