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Final dash <5>

「・・・遅くなっちまったな・・・」

俺は、用意された空き部屋に布団を持って、ひとりてくてくと五階の廊下をあるいていった。
電球(よく見たら中に小さなランプが仕込んであるものだった)も消されて、照明は何一つついていなかったが、
月明かりだけが、窓─もとい、廃材の隙間から差し込んで、程よく足元が見えた。
それでも暗いことに変わりは無かったが、さっきまで話していたことをひとつひとつ思い出して考えていれば、とくに心細さも感じない。

そのときだった。

「─こんなところに呼び出して、どうしたの?」

窓の無い廊下だったが、それでも光の漏れる隙間から、外での会話がはっきり聞き取れた。
間違いない。あの声は、Fliaのもの─

「ちょっと君に用があるんだ。邪魔者もいなくなったからね。」

─それに、Track?

「君の祖父の名は何だったかな?」
「おじいちゃんの?─言ったじゃない、Chacronだって─」
「要するに、君はその3世になるはずだった─そうだろう?」

何の話だろう?
Fliaの祖父が、どこかの国の有名なチャオランナー─その国の言語で、「チャクロン」という名前だことは、Fliaを知る人全てが知っている事実だ。
そのことは、Fliaは見てのとおりの黒チャオだということが物語っていた。
耳を済ませて、俺は会話を聞く。

「でも、君は実力が無かったようだからね─彼の息子─即ち君の父と祖父の跡継ぎは君の弟に、そして君はここにほっぽりだされたってワケだ」
「─何が言いたいの・・・?」

その声色は、いつもの二人のものとはまるで様変わりしていた。
ギリギリと、Trackの言葉は、Fliaを締めつけていく。
その言葉に、もうFliaの声は震え上がった涙声だった。


「要するに、だ─君がチャクロンの能力を受け継いでいても、宝の持ち腐れだろう?─そのポヨをよこせ。キャプチャして、僕のものにしてやる─」


─え?


「─やめて!!!」


その声が夜空に響き、地面とチャオの足がこすれる音がしたと同時に、
俺も毛布をそのまま置き捨てて、たった一つの出口へ向かって駆け出していた。
─そんなことはさせない。
もう俺とFliaの縁なんてものは無くなったのかもしれないけれど、
それでも、いろんな意味で、あいつの思い通りにはさせたくない─


俺は狭い通路を抜け、最後の扉を開いた。
月明かりと遠くの、夜の街の方からの光のせいで、急に俺の視界が明るくなる。
Fliaはもう逃げてしまってもう居なかったが、意外にもTrackはまだそこに居た。

「─さっきのは全部聞かせてもらった」
「─そうかい。でも君には関係ないだろう」
「でもお前の思い通りにはさせたくねえんだよ」

薄笑いを浮かべて、小さな肩越しにTrackはこっちをふり向く。
目にはどこか残忍な光を秘めていた。

「─でも、君を退学に追い込んだのは彼女だよ?ほっとけばいいのに」
「そしたらお前の思う壺だろ─それに、Fliaは好きでうその証言を言ったんじゃない、なんてことはもう分かってるんだ」
「─!?」

もう勝ったも同然だった。
さっきの会話を聞いて、もう全ての仕組みが解けたのだから。

「さりげなーく、Fliaに甘い言葉で脅迫したか、何かあげて嘘つかせたか、どっちかだな?」
「─今日はやけに察しがいいねぇ─そうだね、後でバッグを買ってあげるって、確かに言ったかな」
「要するに、この前の『カオスドライブを盗んだことをコーチに売ってやる』っていうのは、冗談じゃなくて計画してた訳か」
「そうなるかな。前に君がすこしカオスドライブを持ち出しただけじゃ小さすぎるから、もっと大きな騒動を起こさなきゃいけないし」

俺は口元でにやりと笑みを作った。
でもそれとは裏腹に、優越感を押しつぶして怒りだけが頭の中でうごめいている。

「ちょっと久しぶりに夜風にさらされたら、少し頭の回転が速くなってきてな─」
「そりゃあいい。いつもの君と言い合っても楽しくないからね」

「ふん─やっぱり、倉庫荒らしはお前だったか」
「─隣の部屋の後輩には口封じしといたんだけどなぁ─無駄だったね」

つづく。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第166号
ページ番号
7 / 47
この作品について
タイトル
Final dash
作者
ぺっく・ぴーす
初回掲載
週刊チャオ第162号
最終掲載
週刊チャオ第270号
連載期間
約2年27日