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Final dash 3
「─といっても、行く当てもないし─」
俺はもともと人間と暮らしていなかったし、人間とのコネも無い。
背の高い人間たちの行きかう社会で、俺は真昼の太陽の下、文字通り路頭をさまよっていた。
人ごみの中で、チャオが行動するなんて、とてもじゃないが不可能だということを俺は思い知る。
都会のアスファルトの上、何度も踏んづけられそうになりながらも、俺は行く当てもなく─とりあえず、人のいないところへと、足を運んだ。
夜になるまでまとうか?でも、都会だし、夜になってもそう人も減らないような気がしたが。
だが、そうやって何時間も過ごすうち、いつの間にか月が昇り、俺は誰もいない、少し広い路地裏に立っていた。
どうやってここまできたのかはよく分からないが・・・
薄暗かったが、月の光が良く入り、トタンやはがされた看板等の廃材が積まれた山が照らされていた。
妙にしんとしているので、今まで常にだれかがいる場所にいた俺は、落ち着かずにうろうろした。
あんまりにも静かすぎるので、そこらへんの石をけったり、落ちていた缶を大げさに音を立ててさびれたゴミ箱に放り投げたりして、気を紛らわせたりする。
とにかく、なにか物寂しくて、慣れなかった。
宿を探そうにも、ここがどこなのか分からないし、どれぐらいの距離を歩いたのかも分からない。
手荷物は鞄ひとつでまとまる程で、ずっと学校で過ごしていたせいか、道も分からなかった。
もう、分からない分からない分からないの分からないだらけで、今更何にも考えずに出てきたな、と、月を見上げるばかりだった。
「野良チャオに徹するかな」
本来、チャオにも人権が適用された今、違反行為かもしれないが、まあいいだろう。自分のことだし。
そのとき、
「─よぅ、新入り」
との声にびっくりして、俺は後ろを振り向いた。
「あんちゃん、もぅいっかぃさっき言った事、言ってみ」
見知らぬチャオだが、それはともかくいったいいつから俺の後ろにいたんだろう?
彼のひどいなまりの言うとおりに、もう一度俺は口を開いた。
「野良チャオに徹するかな、って言ったんだけど─何だよ?」
その瞬間後ろから飛びつかれ─もとい、だきつかれ、俺は五十センチ前につんのめった。
そのままさらに2メートルほどアスファルトの地面を滑ったことから考えて、かなりの勢いで飛びつかれたのだろう。
「いてて・・・何するんだよ」
俺がそういって起き上がると、彼はシャークマウスをよりいっそうにっこりさせた。
「あはは、いらっしゃーい、野良チャオ君!」
「─は?」
ぞろぞろと通りに影が伸び、影が伸びたと思ったらまた影が集まる。
月の下、たくさんのチャオたちが、俺と彼の周りに影を落として集ってきた。
「なんだなんだ、新入りか?」
「賑やかになるな、こりゃ」
「パパ、あのお兄ちゃんってカケチャオって言うんだよね?」
「あら、新しい住人さん?ごあいさつしてきましょうか」
「騒ぐなよ、寝るとこだったのに」
「・・・あの・・・」
「ん?こいつらか?あぁ、ここに住んでる野良チャオだよ」
「い・・・いや、そうじゃなくて・・・」
本当に俺が言いたかったことは「さっき野良チャオに徹するといったのは独り言で冗談だ」ということだけだったが、
この盛り上がりようでそう言ったらどんな目で見られるのか、俺の目にはその光景がありありと映っていた。
それに第一、あまりのテンションのよさに、四方八方から声をかけられ、どこかへひっぱられていくのに反抗すら出来ない。
俺はずいずいと、かつわいわいがやがやと背中を押され、ガレキの山の前までたどりついた。
「ま、とりあえず中に入れよ」
一匹にそういわれて、俺はどこから中に入ればいいのか、廃材を凝視した。
てっぺんのチャオショップの看板から、周りに散らばる細かい鉄くずまで片っ端から見回したが、
入れそうな隙間も無ければ、穴も無い。
しかし目の前を良く見ると、トタンが力ずくで細いパイプに巻きつけられており、微妙にも取っ手と分かるような、もとから曲がった形をしたちょうど良いパイプがトタンに差し込まれている。
まさか、と思うと、そばにいたチャオが取っ手をつかんでギリギリと地面をこする音を立て、そのトタンを開けた。
巧く扉の役目を果たしているらしい。
感心して、俺は少し頬に笑みを浮かべた。