一章(2)
ほどなくして注文したメニューが届いた。まみは注文した桜風味のフラペチーノと豆乳とラズベリーのパンケーキに舌鼓をうっている間、俺といしごは席から立ちテーブルから距離を開けていた。
というのも彼女に聞かせる話ではない、今日ここに来た目的はいしごが持ってきた情報なのだから。いしごの奢りというのもまみに聞かれないための配慮だろう。
「で…前から頼んでいた情報だけど…」
「情報自体はネットで検索するだけだから簡単だ、といっても呂みたいな奴は大概ウソの情報にだまされるけどな。」
俺の家にはインターネットをする環境はなく、パソコン自体持ってない。その点いしごは仕事用にとパソコンを所持していて、よく情報を教えてもらっている。
「病院は別にでかけりゃどこでもいい、一番安いのはここ。」
いしだからもらったプリントには調べてもらった情報がそこに記されていた。病院の場所から医者の名前、料金やアクセスマップ等も。
初めて聞くような場所であったが特に不安はない、というのもいしだは情報収集する力が優れているからだ。
プリントを折りたたんでいる間、目でまみのいるテーブルを見た。彼女は手鏡を覗き込みながら、黒いセミロングの髪を整えている。
こちらの行動に気づく様子はない。大丈夫だ。
「その病院の件だが、まみちゃんの偏頭痛のためなんだろ?」
あまりまみの名前をだしたくないので、静かにうなずいた。彼女は残りのパンケーキを堪能しているので気づきそうにはないが一応だ。
「確かにあの子は保険証ないから高額になるし、お前の財布事情を考えたら一発で治したいよな」
ここ最近の悩み、それがまみの偏頭痛だ。週に2,3回のペースで彼女は夜、痛みに苦しめられていた。
本当はすぐにでも彼女を病院に連れていくことが最良だった、しかし病院を行くことを拒んでいた。理由は治療費という金銭の問題。
元々転がり込んできた上に豊かではない生活なので、病院に行く余裕はない。それは彼女の良心にとって許すことのできないことだった。
また日中はその偏頭痛に襲われることはなかった。それ故に耐えれる程度にまで身体を休めることができる為、彼女の病院へ行く決心を削いでしまう。
しかしその疲労は確実に溜まっているはずだし、なにより毎回痛みに耐える姿が痛々しくて見るに堪えなかった。
だからこその決心だった。しかし石悟は俺の決意とは裏腹に微妙な表情だった。
「ネックなのは彼女のもう一つの持病、記憶喪失な。」
持病…というのもひっかかるが、まみは記憶喪失であることは確かだった。
三年前、街でひとりただずんでいたこと、行く当てがないといって笑っていたのも全てはこれが原因だった。
自分が今まで生きてきた痕跡がその場になかった。今の状況がどういうものなのか比較する対象が彼女の中に存在せず全てが初めてであった。
だから恐怖や不安の感情を持たなかったのだろう。だが…今は違う。
この三年間で彼女の中に規範となるものができた。何も知らない赤子ではなく知恵をつけているのだ。
それを俺は言葉にした。 記憶喪失よりもまず偏頭痛だ。それにまみ自身過去の記憶に興味がないことや記憶喪失による体調不良はないことからだ。
だが彼、石悟の返事は俺の見当と異なっていた。
「まず、まみちゃんの偏頭痛の原因の記憶が失われていること。CTスキャンとかで物理的に原因が分かればいいが、精神的なものだと途端にその姿をくらます。
ストレスが痛みの元だとしたらストレスを作った原因を暴かない限り治療は望めないってこった。」
そしてストレスが原因だった場合、カウンセラーの診療代も別途かさむ。
原因を突き止めるために手探りのまま治療を継続するので、治療費が膨らむという旨だ。
「第二に、まみちゃんにもし他の持病があっても当の本人の記憶もなければ正式な医療記録もねぇ。治療方法と持病によっては命の危険もある。」
石悟の見解では命の危険の可能性は限りなく低いが、不要に負担をかけてしまう可能性は十分にあるとのことだ。
「それでも…いつ深刻な症状になるか分からないから…消せなくても和らげればいい。金はどうにかする。」
「違う!問題なのはここからなんだよ。」
石悟の第三の仮説は絶望的なものだった。