Data−Remains.3
「エム、捜査は完璧だ」
C−5本部、書類をざっと持ってきたエフが、リーダーであるエムに渡した。
つい先日まで、異様かつ特殊な事件の犯人と見られる男、ろっどが潜むとされる学校で捜査活動を行って来たところである。
「やはり、一番怪しげなのは石川か…」
事件についての核心部分を知っている石川秀介は、どう見ても行動が奇怪だった。
まず、友人らとろくに会話を交わしもせず、休み時間はどこかへ行ってしまう。
そして、もっと怪しい点は、捜査初日の昼休みにどこかへ行ったきり、5時限目の授業の最中にやっと帰って来たのだ。最も、同じ容疑者の吉田も5分程度遅刻していたが。
「エムさん、働きすぎです」
書類に目を通してコンピュータに打ち込む姿に呆れと尊敬を見ながら、アイが指摘した。
「いや、良いんだ。この方が落ち着く。それに、一刻も早く―」
「―事件を解決する、僕がいない間に解決されたら元も子も無い、ですか?」
一方のアイも、エムの言葉を先に取って、尋ねる。
口調を強くして、アイは言った。
「こちらとしても、あなたに倒れられたら元も子もありません。最近寝ていない事ですし、休んでください」
「い、いや、だから僕は大丈夫だと…」
「休みなさい」
その鋭い瞳と格好に恐れを覚えたエムが、慌てる形で頷いた。
「そ、そうだな。しばらく寝ておこう。何かあったら起こしてくれ」
「…しっかりと休んでくださいね」
拗ねているのか、不貞腐れているのか。ともかくアイは、口を尖らせるように言った。
「全く、エムも大変チャオね」
「本当だな。まさに鬼嫁だ」
「何か言いましたか?」
いえ、何でも…と黙らさせられる迫力を持った一言で、エムは寝室に向かった。
(…何てな。僕はこの事件を解決したい。そのためなら僕の体がどうなろうが、知った事では無い)
人の波を掻い潜るようにして、紫の姿は街にあった。
表向きはアイの言う事を聞いたと見せかけて、実はこっそり脱け出していたのだ。
(大体の情報と捜査結果はこのノートパソコンに入っている。わずかに機能は劣るが、捗りに翳りはあるまい)
そして、公園のベンチに飛び乗った。
(疑いが深いのは石川秀介だが…佐藤光と吉田龍一、桟橋優のプライベートまで調べた訳では無いからな…もしや石川は警察関係者かもしれん)
コンピュータを立ち上げて、捜査資料を手に、更に深く調査を進める。
(ん…行動パターンにばらつきがある…)
本来ならば、人間と言う生き物は意識しない限り、自動的に体が行動を認識し、機械のようなパターンを作り出してしまう。
しかし、桟橋優の行動パターンにはいくつかばらつきがあった。
(悟られないようにしている…? いや、ろっどの性格は自信家だ、偽装工作などはするつもりすらないはず…)
推測は、やがて1つの結論に至る。
(少なくとも、行動パターンを作り出しているのだろう。月から金まで、各々のパターンに従っている…まさに機械だな…)
カチッ。
Data−Remains.3,「解決の兆し」
(機械…?)
ビー、ビー、ビー。
(ろっどは僕らC−5との勝負を“ゲーム”と捉えている―桟橋優の行動パターンもまるで機械―まるで、ろっどの手の上で踊らされている―まるでパターンを予測するのが第一ラウンドとでも―)
ディスプレイが、次第に砂嵐に覆われていく。
(ろっどは、機械の中を移動出来る―そして目で石化させられる―石川は吉田がコンピュータ室を借りている日の昼休み、授業に遅れてきた―吉田も然り―)
いつの間にか、周りには誰もいなくなっていた。
学校のチャイムが、静かに、なる。
今は、昼休み。
「昼休み―コンピュータを使える!」
「その通りだ」
ノートパソコンが、光を発した。
そこに立つのは、桟橋優。
悪魔の如く、笑っている。
「貴様…(まずい、石化能力を持っているはずだ…慎重に行動、いや、手遅れか?)」
「安心しろ。僕は君らを利用しただけだ」
「貴様、ろっど…!」
「正解だが、お前の語調に含められている解決の兆しは少しずれている」
意味の分からない事を断言しながら、ろっどは眼鏡をついと上げた。
そして、ノートパソコンが再び光り出す。
「!…今すぐ電源を落とせ!」
「なぜだ!?」
「死ぬぞ―!」
カチッ。
「ふ、逃がしはせんぞ、ろっど」
「ち…そいつの“フリーズ”は厄介だ、エム。だから電源を落とせと言ったのに!」
「“フリーズ”…?」
思考が、巡る。全てが、繋がる。
「プログラム、“フリーズ”、パスワード003、コード“某”―」
「ファイアーウォール!」
すっと突き出した右手、その少年の右手が冷気に包まれたように見えた。
視界が通じたのはそれまでで、やがて周囲一体は光り輝き、収まる。
「…後1.1秒早ければ勝ってたな」
「面倒な事になった…エム、教えとくよ。僕はろっどだが犯人では無い。ろっどとして君たちにヒントを与え、少なくとも“ゲーム”として解決するために行動した」
「遺言か、ろっど。スマッシュのコードはそろそろ解析し終えるぞ。」
エムが状況を飲み込むまでに、10秒かかった。
「やっぱりだ…バグッてるぜ、某―」