Ｄａｔａ−Ｒｅｍａｉｎｓ．２

「おはよう、優」
「よう」
黒髪が艶立つ美少年、吉田龍一が軽々と挨拶を交わす。
一方、痩せていて端正な顔立ちをした桟橋優は、一言で済ませた。
「石川の奴は今日も機嫌悪そうだな…それもそうか。須磨があーなっちまったんだもんな」
怪訝な面持ちもまばらに、佐藤光は毒づくように言った。
「ま、あれだな」
桟橋が、明るく笑いながら言おうとすると、
「優くーん！ちょっと勉強教えてー！」
「行ってやれよ、優等生」
にやりと不敵な笑みをもらす吉田が、優を促した。
困り顔も露に、通称優等生は眼鏡をついと上げて女子数人の方へと向かった。
「それより、龍一」
「ん？」
「犯人、誰だと思う？　耳に聞き入れた事によると、このクラスにいるらしいんだけどよ…」
「さあな。ま、俺らん中にいない事を祈るぜ」
本気で言っているのかいないのか、吉田は溜息と一緒に言葉を放った。


「…こちらエフ。対象の５人は現在、ばらばらに行動中。映像を送るよ」
廊下の隅、学校側に連絡と許可を取って捜査活動を執り行っていた。
天使の象る姿は愛らしい上に、疑われる事はまず無いだろう、と思った理由から、エフを捜査活動のスパイに任命した。それでも、
（真面目にやるのって疲れるなぁ…）
ふうと溜息を吐きながら、チャオの愛らしさを感じさせない。
すると、途端に廊下の角から、１つの陰が。
「わっ！」
驚いたのはエフだ。なぜならば、彼はこう見えて捜査活動のプロで、気配を探る事に関しては寸分の狂い無く秀でているはずだった。
だが、事実廊下の角から現れるまで気付けなかった。
「…なぜチャオがこんなところにいる？」
「い、いや、見学だよ」
「そうか。気を付けた方が良い。この学校には、相手を石に出来る奴がいる」
言い残して、さきほどいつもに増して不機嫌とも言われていた石川が通った。
残されたエフは、語弊を感じ、すぐ思考を巡らせる。
（『相手を石に出来る奴がいる』…？なぜ知っているんだ？）
真剣な場面になると急激に能力を発揮するエフの特性が、目まぐるしいほど思考回路を冷ややかに、回転させた。
（僕らがその事を推理出来たのは、パソコン側から何かが出てきた形跡があって、なおかつ被害者が椅子に座ったまま後ろに転倒していたからだ。あいつはそれを知る事が出来た…なぜだ？）
そして、自然な結論にいたった。
（石川秀介がろっどって線は濃くなったね…）


「昨日の「まっチャオ」見た？」
「見た見たー！可愛かったよね。特にあの白い子！」
順番通りに昼休みがやって来るなり、教室の雰囲気は午前中の勉強ムードから開放的なムードへと変化を来たす。
「えっと、ええーっと、ここだ！」
「あのさ、そこに入れると俺が勝っちゃうんだけど…」
優等生の名前も有名な優が、女子の一部とＢ４で対決をしている。
「あいつってもてるよな…」
「ああ。須磨ももててたけどな…」
無力感と昼食を一緒に味わっている吉田と佐藤。加えて、無口で無表情、無愛想のまま淡々と食事を取る石川。
何も、何も変わり無い日常の風景。
だが、１つ欠けている。
和田　須磨の席が、欠けている。


Ｄａｔａ−Ｒｅｍａｉｎｓ．　２，「ハンドル＝ネーム」


愛らしい特徴と、純粋たる生命、急速な技術の進歩により創られた人工生命体、チャオ。
瞬く間に流行は一部から世界へと広まり、今では常識にまでなっているという始末。
その、創られる以前から存在していたチャオＢＢＳ。通称、チャオＢ。
そこには、沢山の人々が、本名を隠して存在している。
ハンドルネームという仮の名前を使って。
各個人で行う趣味のようなものであるので、友人と話あって一緒にいる人はほんの一握り。
だから、彼らは知らない。
身近にいる友達が、チャオＢの一員だという事を。
（へえ、新着の書き込みが数件あるな…どうせ自分のチャオ自慢だろうけど）
にやりと笑っているのは吉田である。彼は昼休みを使って、こっそりとコンピュータ室に忍び込み、パソコンをいじらせてもらっているのだった。
彼はハンドルネーム、冬木野という通称でチャオＢに通っている。
（「スマさんが亡くなったって本当！？」―「スマさん帰って来いよ！」―こればっかかよ）
といっても、あながち彼らの気持ちが判らない訳ではない。
何せ、スマッシュが和田　須磨当人だという事も、ニュースで初めて知ったのだ。
ニュースを見たときは信じられず、食べようと思っていたパンを落としてしまったが。
（ん―？）
吉田は、その中に１つ、気になる記事を見つけた。
（犯人は…チャオＢの中にいる…？）


「犯人は、チャオＢの中にいるんだと思います。
　何と無くですが、スマッシュさんがチャオＢにいたというのは偶然じゃない気がするんです」


（ＤＸさんの発言だ…だけど、何でこんな事を…？）
しかし、吉田は思ってしまった。
もしかしたらチャオＢにいるかもしれない、と。