愛菜と律子とは同じ高校に進学した。普通科のクラスは三つあったけど、運良くみんな同じ一組になった。三人で軽音楽部に入部しようか悩んだけど、結局遊ぶ時間欲しさにやめた。これで一年間は安心して過ごせる、と思っていたけど、やっぱり新しい生活はそんなに簡単なものではなかった。入学してからすぐにみんな自分の居場所、というより居るべき場所を見つけてそこに収まるのだけど、居るべき場所を間違えてしまった加奈子という女の子がわたしたちの仲良しグループの中に入ってきてしまった。原因は、入学直後にあった健康診断にあった。身長や体重の測定などは同じ部屋で行われるが、視力や聴力といった検査は別の部屋で行われていたので、いろいろな検査ごとに部屋を移動しなくてはいけなかった。検査は出席番号順に行われるので、部屋の移動も自然に一人ずつになる。そんな中、加奈子は聴力検査を終えたあとにどこの部屋に行っていいのかわからなくなったようで、出席番号がひとつ前のわたしが廊下を歩いているときに話しかけてきたのだった。わたしもそのときはまさかわたしたちのグループに入ってくるとは思っていなかったので、一緒に次の部屋に移動した。それがきっかけで、加奈子はわたしに対して話しかけられる人とみなしたみたいで、それ以降もわたしのそばをくっつくようになった。わたしは当然愛菜と律子と話すわけで、くっついてきた加奈子がグループに入ってしまうのはしょうがなかった。
「今日の帰りカラオケ行こうよ」
 と、律子が言う。カラオケの誘いは律子からが多い。律子は夜の寝る前に音楽を聴くのが習慣で、歌いたい衝動を引きずったまま次の日を迎えることが多いのだ。
「いいよ。いつものとこね」
 と、わたしが答える。いつものとこというのは、わたしたちが住んでいる町の駅から徒歩十分くらいのところにあるカラオケチェーン店だ。加奈子と一緒に行った事はない。加奈子はわたしたちがどこかに行くときに、自ら「わたしも行きたい」と言うことはない。加奈子はグループ内における自分の異物感を自覚していた。もちろん、わたしたちも加奈子に対して異物感を持っていた。それはすぐに嫌悪感に変わっていった。愛菜は加奈子のことについて「中途半端なんだよ」と言っていたが(もちろん加奈子がいないときに)多分加奈子はこれ以上踏み込んでもさらに嫌われるだけだ。正直なところ、みんな「加奈子がグループからいなくなればいいのに」と思っていたはずだ。そしてみんな加奈子に対して嫌悪を隠さないようになっていった。加奈子は見るからに元気を失っていったけど、居場所がなくなるのはもっと嫌なようでわたしたちと無理して行動していた。加奈子はこのポジションに身を落ち着けてしまったのだった。不憫なのかもしれないけど、わざわざ加奈子の立場に立った言葉は言わなかった。加奈子を敵として共有することが、さらにわたしたちを団結させていた。
 わたしがチャオを飼い始めたのは丁度その頃だった。母がある日曜日に突然家に連れて帰ってきたのだった。まだ子供のチャオで、体も水色のままだった。「チャピル」とわたしが名づけて、母も父も賛成してくれた。チャピルはまだわたしの家にいることに慣れていないからか、辺りをキョロキョロと見回していた。まん丸の目を見る限り、不安を感じている訳ではなさそうだった。放っておいても自分から動くということをしなかったので、抱きかかえてわたしのベッドに連れて行くとウトウトし始めて、すぐに眠った。たぶん疲れてしまったんだろうと思って、しばらく放っておいてあげた。そのまましばらくして、わたしたちが晩御飯を食べていると、ハイハイをしてチャピルがリビングに来た。それを見たわたしたちは大はしゃぎで「お腹減ったのかな」とか言って、チャオ用の木の実を与えると、チャピルは木の実をゆっくりと全部食べた。わたしたちは晩御飯を食べるのも忘れて、ずっとそれを見ていた。半日ほどで、わたしたち家族はチャピルに虜にされてしまった。
 チャピルのことは月曜日に愛菜と律子にも話した。そしてその日の内にわたしの家に来て、チャピルと顔合わせをした。二人もあっという間にチャピルの虜になり、交代で膝に上に寝かせながらわたしの部屋でテレビを見た。加奈子はチャピルの存在すら知らないままだった。


 加奈子に彼氏ができた。相手は丸山健太というわたしたちと同じ中学出身で、今は軽音楽部に所属している人だ。クラスも同じだ。確か、中学生の頃は吹奏楽部の数少ない男子部員で、ドラムをやっていた。割とかっこいい顔をしていて、大人しくて敵のいない人だったと思う。
 それでも加奈子は学校ではわたしたちと一緒にいたがった。彼氏ができたのをきっかけにわたしたちから離れていったら良かったのに、とみんな口々に言った。でも、それからすぐに律子にも彼氏ができて、律子は加奈子の彼氏については何も言わなくなった。律子の彼氏は出身中学の違う人で桜井卓哉という、この人もまた軽音楽部の人だった。律子は彼氏ができてもわたしたちとの付き合いの時間を極力減らさないようにしていた。わたしと愛菜はその気持ちだけでも嬉しかったので「たまには彼氏と一緒にいてもいいよ」と言ったけど律子は「いいのいいの」と言って聞かなかった。
 丸山くんと桜井くんは、多分わたしたちと加奈子の関係を理解していた。でも二人は二人でうまくやってくれているみたいで、わたしたちに直接何かを言ってくるということはまったくなかった。桜井くんはわたしたちと一緒にトランプをしたりゲームをしたりすることもあった。だからわたしたちは二人に好印象を持っていた。でも、多分愛菜と律子は気づいてないと思うけど、丸山くんはわたしたちのことを敵、というより面倒くさい奴だと見下してるような雰囲気があった。わたしたちが化学の授業のために理科準備室(なぜか準備室という名前だった)に移動しているときに、わたしが持っていた筆箱と教科書とノートを落としてしまって、たまたま同じ時間に移動していた丸山くんがノートを拾ってくれて渡してくれた。そのときの丸山くんは少し微笑んだ顔をしていたが、渡して振り向いてまた理科準備室へ向かうその動作がすごくあっさりしていて、すごく怖かったのを覚えている。その恐怖はわたしだけ感じたようで、愛菜と律子は「なんで加奈子と付き合ってんだろうね」とか言っていた。わたしはショックを受けたことがなんだか恥ずかしくて「加奈子なんてどこがいいんだろ」と言ってごまかした。
 家に帰ってからチャピルと遊んでいると、チャピルの体の色が少し黒みがかっているのに気づいた。チャオという生物が飼い主の心に反応して姿や色を変えるということは知っていた。でも、黒みがかるということは、確か飼い主の心がすさんでいるときの反応だった。わたしが持つ加奈子への悪意と、そして八つ当たりの怒りが、目の前に形となって現れたのだった。チャピルはなんともない顔をしているが、チャピルにまで悪影響を与えているようでわたしは冷静でいられなかった。わたしは餌をあげるのも気が引けて、全部お母さんに任せた。

このページについて
掲載日
2014年8月17日
ページ番号
2 / 4
この作品について
タイトル
コーヒーカップ
作者
ダーク
初回掲載
2014年8月17日
最終掲載
2014年8月31日
連載期間
約15日