5 須沢宰

 ――GUN日本帝国本部/2F東非常階段/1355時――

 真実を知りたいから、誰も死なせたくないから、春樹は走っている。荒れに荒れた通路は使えずメカも多いため、非常階段を使うはめになってしまったが、逆に好都合だった。
 非常階段は管制塔のすぐ横に出るはずだ。気がかりは逃げ遅れた人がいないか、だが……。

「彼に任せて良かったのか、仲神くん」

 そう。前嶋大翔に任せたのだ。逃げ遅れた人がいるかの確認程度なら自分でも出来ると。彼の実力ははっきりしている。強い。信用していないわけではない。
 だが、それでも、それでも気がかりなのだ。仕方ない。自分に出来ることと、自分のしなければならないことは必ずしも一致するとは限らないのだから。

「ええ。急ぎましょう」

 管制塔はもうすぐだった。コードCHAOから目を離さない事を、春樹は決めた。


 ――GUN日本帝国本部/管制塔/1400時――


「総督……あなただったのですね。この事態を引き起こした黒幕は」

 アリシア=メイスフィールドがGUN日本帝国本部総司令官、芳川正宗の心臓部を拳銃で狙う。彼の背後にはGUNメインコンピュータの全データが削除された旨が表示されていた。
 もはや彼の瞳に光はない。だが詳しい事情を知らないアリシアはその意味が分からなかった。分かるのは彼が敵だということ。この事態を彼が引き起こしたということだ。

「中尉。君はこの世界が、国が、人類が腐敗していると思った事はないかね?」
「ありません」

 断言する。総司令官は溜息を付いた。いかにも残念だ、というような表情を浮かべて。この状況下において、総司令官が逆転する方法はない。彼はまず武器を構えていない。
 だから、絶対的な優位はアリシアにあるはずだった。それを確信して揺るがなかった。

「残念だよ、メイスフィールド中尉。実に残念だ」
「私は希望を捨てたりはしません。残念なのはこちらです、総督。あなたは良い上官だと――」

 銃声が響いた。通常の無反動拳銃は銃声が響かない。多少の音はするが、それでもここまで響きはしない。だからこの銃声は、無反動拳銃ではないということだ。
 つまり、アリシアが撃ったのではない。彼女の視線からは芳川正宗総司令官から、唐突に銃が発射されたようにしか考えられなかっただろう。腹部を銃弾が貫通する。しゃがみ込み、苦悶の表情を浮かべるアリシア。
 事実は一つ。芳川正宗総司令官には攻撃手段があるということだ。対応出来ない。まるで魔法を相手にしているようだった。未知の武器。撃つ動作さえ総司令官には見られなかった。
 撃たれた。それは絶望に近い。動けない。待つのは死のみだ。総司令官が趣味の悪い笑みを見せた。勝利を確信した笑みだった。

「中尉。君は殉職だ。二階級特進の栄誉は、天国で誇りにしてくれたまえ」

 アリシアは死を覚悟した。同時、アリシアの頬を銃弾が掠める。その銃弾は総司令官の左大腿部に命中した。実際に狙ったのは総司令官の足ではない。
 彼の目の前に立つ、黒いコードCHAOの頭上の球体を、それは確実に撃ち貫いていた。

「メイスフィールド中尉、遅れました。申し訳ありません」

 無表情に春樹は総司令官の右大腿部を狙い撃つ。右腕間接、左肩、合計四発の銃弾が総司令官に命中した。声にならない悲鳴を上げて総司令官がうずくまる。
 あまりの容赦のなさに、アリシアは恐怖するより呆気に取られた。彼にとって世界は二つ。敵か味方か。悪か善かである。
 黒いコードCHAOは高笑いした。アリシアには何も見えず、聞こえない。しかし春樹と須沢、水色のコードCHAOには、確かにその声が聞こえていた。

「初めましてというべきか、仲神春樹。ワタシはコードCHAO。大自然の意思体。ワタシのキャプチャー能力を封じたのは見事と言えよう」

 頭上の球体はなんとかその形状を保ってはいるが、時間と共に変色しつつある。赤から青へ。青から群青へ。群青から黒へ。これがキャプチャー能力を封じた証なのだろうか。
 だが黒いコードCHAOは笑みを消さない。それが妙なあやしさを残していた。確かにGUN日本帝国本部は壊滅に近い。ここまで荒れ、総司令官は黒幕と来た。だが黒いコードCHAOの能力はもう使えないはずだ。勝利は確定しているのに、どうして……?

「どうしてこんなことをした? お前たちの目的は? 総司令を操ってまでしたかったこととは、なんだ?」
「人類の滅亡。それ以外にワタシたちの目的はない」
「なぜだ?」

 コードCHAOの目的は人類の滅亡。それにしてはおかしな面が多々ある。水色のコードCHAO、春樹と行動を共にしてきたコードCHAOは違うらしい。
 スパイならば先程黒いコードCHAOのキャプチャー源が撃たれる前にどうにかしていることだろう。無敵のキャプチャー能力に敵はないのだから。
 故に。故に水色のコードCHAOは敵ではないのかもしれない。春樹はそう思った。だとしたら、この不敵な笑みの正体とは何なのだろう。副司令官の表情も、どことなく青ざめているように見える。

「だがコードCHAO。お前たちがどれほどの力を持っていても、人類を滅亡するまでは……」
「滅亡させるのはワタシたちではない。いや、ワタシたちだけではない、というべきか」

 二回目の地震が起こった。地鳴り。そこにコードCHAOの高笑いが重なる。水色のコードCHAOは沈黙していた。先程から嫌に静かだ。黒いコードCHAOと反するように。
 恐怖だろうか。春樹は高笑いよりも、静かに立つコードCHAOに恐怖を覚えていた。何を考えているのか分からない。春樹は舌打ちしたい気分だった。真実に近づけたと思えば、分からないことだらけだ。
 総司令官の裏に隠れているコードCHAOが黒幕なのではなかったのか? 黒幕はキャプチャー能力を既に使えない。だとしたら勝利は目前だ。後はGUNの状況を改善すればいい。なのに何だ、この……。
 得体のしれない恐怖と、何か起こるかもしれないという悪寒は。

「ワタシたちの勝ちだ」

 ざざー、と、GUNの通信回線に紛れ込む回線があった。地鳴りの中、全員の視線がメインコンピュータに向けられる。
 この緊急事態に、ハッキング? 春樹は悪い予感の的中におびただしい何かを感じた。そう、まるで、誰かの殺意を一斉に受けたかのような。そんなおびただしい何かを。

「何をするつもりなんだ、コードCHAOォ!!」

 副司令官の叫びが地鳴りの中に轟く。コードCHAOは高く笑った。

「悪いのは君たち人間だ。ワタシではない!」
『……り返す、我々は……る』

 地鳴りが一瞬、止む。コードCHAOの高笑いが収まる。

『……応答の有無は確認しない』

 その声が、合図となる。

『こちらはGUN連邦本部である。これより軍事兵器コードCHAOを内包する貴国に対し、武力制圧を行う』


 ――日本帝国/上空/1429時――


「こちらHot-eye05! 本部応答せよ! 本部応答せよ! 連邦政府のGUNが襲来! プリズンアイランドにて編隊を開始! 赤灯! 繰り返す、赤灯発射!」


 ――日本帝国/GUN海上軍隊/1429時――


「まさか……これは……」
「大佐、どうされましたか!?」
「いかん、急ぎ本部へ通達! プリズンアイランドにて赤灯が発射!」


 ――GUN日本帝国本部/管制塔/1429時――


 こうなるとは、誰が予想していただろうか。コードCHAOの最終目的。それは戦争。戦争とは滅ぼしあうことに他ならない。加え、コードCHAOについての情報が漏れている。間違った方向に。誤解だと言って通じる相手ではなかった。
 もはや事態は止められない。恐るべき事態は。人類の滅亡。あながち先の遠い野望でもないかもしれない。

「なんてことを……!」
「ワタシの計画に狂いはない! ワタシの作ったCHAOの軍団との全面戦争において、連邦政府は屈するのだ! そうして世界は知る! ワタシたちコードCHAOこそが、世界の王者として君臨するのだと!」

 春樹は止められない大きな流れを感じ取った。自分一人がどれほどの努力を積み重ねたところでどうにもならない現実を見た。誰かを助けたいとあれほど思い、誰かが悲しむのをあれほど許せずにいた。その感情が一瞬で消え失せて行くのを理解した。
 所詮人の心は変えられない。国は動かせない。世界を見ていることしか出来ない。自分の弱さ。弱いのだ。変えられない。心を変える事は出来ない。絶対に。何があろうとも。出来ない。
 人の心さえ変えられない人間に、一体何が変えられるというのだろう。

「駆逐される痛みを知れ。絶望と恐怖を知れ。人類は滅ぼされてしかるべき存在なのだから!」
「くそ、本部が倒壊する前に脱出するぞ! 仲神くん! ……仲神くん?」

 出来ないことなんてなかった。生まれてから出来なかったことは努力してなんとか出来る、その道が示されていた。
 助けられない人がいたから、助けるために努力した。強くなった。簡単だった。段々複雑になって行った。変えられない人の心が現れた。
 人の温かさを知らない自分はだめなのか。結局は何も変えられず、一人落ち込む運命にあるのか。孤独の一途をたどっていた。それは闇の中だった。

「仲神くん! しっかりしてください! 脱出します!」
「……メイスフィールド中尉……、はい」

 誰かの手を借りないと立ち上がれないほどに、弱かっただろうか?
 誰かの声で起こされなければ、起きられなかっただろうか?
 誰かに絶望しているのではない。何も変えられない自分に絶望しているのだ。天才ならばどうにかできるのだろうか? あらゆることを簡単にできる天才ならば。
 管制塔を出る。非常階段を駆ける。既に他の事務員や戦闘員は脱出できただろうか。そんなことを気にかける余裕もないほど、春樹は自分のことで精いっぱいだった。

「奴は先程言っていたな。――ワタシの作ったCHAO軍団がどうのこうのと。どういうことか分かるか、コードCHAO?」
「分からない。ワタシ、わたしは……リンクが切れた。CHAOSとの接続が途切れた。ワタシは……」
「リンク? くっ、こんなときに限って……」
「説明を求めます、副司令」
「コードCHAOとは大自然の意思を代弁する者のことだ。本来彼らは文字通りの一蓮托生。一人が絶命すれば全て絶命する、ハイパーリンクシステムを搭載する」

 GUNのメカの瓦礫を飛び越し駆けながら、須沢は説明する。

「それはCHAOSと呼ばれるコンピュータが司っている。CHAOSこそ大自然の意思素体だ」

 人が倒れていた。その息を確認して、須沢は首を横に振る。死と対面した。その事実は春樹の精神に強い打撃を与えた。

「天才科学者である教授はSCA計画と同時進行で暴走を始めたCHAOSを制御する方法を考えていたが、ついにCHAOSは独立した。CHAOを生み出し、大自然の復讐の意思を遂げようとしたんだ」
「大自然の復讐の意思?」
「CHAOSは元々、大自然と対話する装置だった。それを大自然の意思によってクラックされた」

 三回目の強い地震と地鳴り。

「全ては仕組まれていたことだったんだ。CHAO軍団というのは、恐らく……」

 本部から脱出する。空は限りない快晴。かつて失った輝かしいほどの青がそこにあった。ノンマットビジョンにはプリズンアイランドの軍隊が映されている。
 戦争の実感に、春樹は再び衝撃を受ける。そのプリズンアイランドの飛行場に、小さな体のCHAOの大群が押し寄せていた。
 CHAOと連邦政府の戦い。世界的に見れば日本帝国のGUNが連邦政府に戦争を仕掛けたということになるのだろうか。重なって行く誤解と絶望。解けない。不可能。

「ワタシは……」

 コードCHAOは足下をおぼつかせて倒れた。春樹はその光景さえ見ていることしかできない。自分の弱さを知ってしまったから。
 もう無理だと悟ってしまったから。

「始まってしまっては止められない。このままだと、この国は!」

 何もかもが狂い始めている。終わらない悪夢。春樹は道を見失った。


 ――GUN日本帝国本部/地下/1429時――


 前嶋大翔は逃げ遅れた人がいないか、探していた。もちろん、先程の話が気にならないわけではない。実を言うとあのまま仲神春樹に付いて行きたかった。それは否定できない気持ちだ。
 だが、自分が行っても足手まといだろう。弱さはよく分かっていた。今までの自分が間違っていた事も。自分に出来る事からやって行くのだ。ゆっくりと。そうすればあの天才の気持ちも少しは分かるだろうか。
 無駄な事を考えている場合ではない。探している途中で奇妙な扉を見つけた。そこは階下……GUN本部の地下だ。
 大翔は電磁ソードを構えながら進む。簡単なことだ。天才であればどうするか、天才であれば何を考えるか。自分が仲神春樹になりきればいい。
 地下は一本道だった。先の見えない長さに大翔は圧倒されながらも、行くか行かないかを考えた。仲神春樹ならどうするか。様子見だけに限るだろう。大翔は止まった。
 どこへ続いているのだろうか。わずかにゆれる中で大翔は考えた。少し進んで情報収集だけしてくる、というのはどうだろう。名案のように思えた。何より仲神春樹を見返すチャンスだ。
 大翔はどこへ続くかもわからない道を歩き始めた。


 ――日本帝国/帝都北区/1429時――


 戦争が始まった。個人の力ではどうにも出来ない、圧倒的な“数”という敵が動き出した。こうなってしまってはどうすることも出来ない。仁恵はよく分かっていた。
 GUN日本帝国本部からメカが溢れ出すように暴走している。街は悲鳴と轟音に塗れ、人は他人をついに無視し始めた。我先にと逃げ始める人たち。その中で仁恵とチャオは立ちつくしていた。

「行きましょう。“反応”はどっち?」
「こっち!」

 GUN日本帝国本部を指すチャオ。二人は駆け出す。助けたい人がいるから。


 ――GUN日本帝国本部/北門/1445時――


 どうにも出来ない世界があって。
 どうにも出来ない場所にいて。
 どうにも出来ない自分が大嫌いで。
 どうにかしたくて。
 どうにかしたかったのに。

 仲神春樹は、戦えない。二度と。戦えない。帰る家はなく。逃げる場所もなく。感情のやり場もなく。ゆがみ続ける。

 だから。
 だからといって。
 逃げる理由には、ならない。
 それでも。
 戦わなくては、何も変わらない。
 変わらないのだ。

このページについて
掲載日
2010年1月1日
ページ番号
16 / 19
この作品について
タイトル
コードCHAOを抹殺せよ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第331号
最終掲載
2010年1月6日
連載期間
約1年5ヵ月12日