4 前嶋大翔

 金属音が響く。金属と金属がぶつかる事によって、削られて行く。武器は何も無反動拳銃――反動を最大限縮小した拳銃――だけではない。近接戦用の高振動電磁ソード。狙撃の為のオートロックオン・ショットガン。あらゆる武器を極めてこそ『精鋭』となれるのだ。
 GUN特別訓練所。そこに少年はいた。『居残り組』のリーダー格。あのとき春樹に倒された少年が、GUNのメカをなぎ倒して行く。敵は歩兵を想定したハンターシリーズと、空中戦を得意とするホークシリーズの二機。
 訓練所の一角で、少年は戦う。
 電磁ソードを振るい、次々と敵を破壊する。ハンターシリーズの右腕を切り落とし、続いて左腕を落とす。空中から飛来する爆撃を避け、突き刺す。だが、彼の後ろからもう一機のハンターシリーズが迫っていた。
 訓練といえど、攻撃を食らえば死ぬ事もある。少年は油断していた。自分の力に酔っていた。ハンターシリーズの銃火器が轟く。右腕に被弾。電磁ソードを落とす。青ざめた顔で背後を振り向く少年。
 もちろん、訓練の際にはアラートスカウター(攻撃を察知し事前に知らせるサングラスのようなもの)と防弾チョッキを着用している。だが、油断すれば待つのは死だ。少年はこの時、死を覚悟していた。
 その一瞬、ハンターシリーズの脚部が真っ二つになる。続いて飛行するホークシリーズが一機、二機、三機と連続で落とされた。
 少年は現れた人影を見る。仲神春樹。特待研修生の、

「ハンターシリーズの弱点は脚部。次いで足下だ。気を抜くなよ」

 ――天才だ。

「つっ、なんだよ、自慢しに来たのか?」
「訓練だ。応急処置は出来るな?」

 少年は立ちあがって電磁ソードを拾い上げる。その表情には苦悶が広がっていたが、わずかなプライドがそれに屈する事を許さなかった。
 実は、ホークシリーズを撃ち落としたのは春樹ではなく、その後ろに隠れているコードCHAO。春樹は右手に持った軽量ライフルガン・ブレードでハンターシリーズを行動不能にしただけだ。
 しかし、少年にコードCHAOは見えない。全ては特待研修生である春樹がやったことだと認めるしかない。それがたまらなく、少年にとっては屈辱なのだ。

「くそ……なんでてめえみたいな奴に助けられなくちゃならねえんだよ」
「自分に聞け。聞いている暇があるのなら。第二波が来るぞ」

 少年はあわてて電磁ソードを構える。これ以上、生意気な優等生の前で無様な姿は晒せない。GUNのストレージからハンターシリーズが押し寄せて来る。少年は驚いた。
 訓練所には“ランク”が存在する。訓練が開始する前に設定するのだが、大抵の研修生はランクC。つまりは並以下の訓練しか行わない。一度に登用されるメカも精々五機から七機程。
 ところが今、目の前には三十機におよぶメカが並んでいた。考えるまでもなく分かる。“勝てない”――絶対に勝てない。死ぬかもしれない。
 そんな少年の目に春樹が映った。動揺すらしていない。設定したのは彼だ。恐らくはランクA。少年は電磁ソードを両手で祈るように構える。すがるように掴む。

「死んだら、てめえのせいだ」
「こんなところで死んでいたら、誰も助けられないで終わるだけだ」
「んな事っ……てめえが天才だから言える事じゃねえか!!」

 メカが迫る。一歩一歩、機械音を立てて迫り来る。死へのカウントダウン。凡人である自分にはどうあっても生き残れない。罠だ、これは仲神春樹の仕組んだ復讐なのだ。
 しかし春樹は動じない。天才と言われ、自分のせいにされたのにも関わらず。自分のせいに……? そうだ、自分のせいにされた。自分の弱さの理由を仲神春樹という天才に押し付けたのだ。命を救われ礼も言わず、全ての重荷を背負わせて。気遣おうともせず。彼の主張を聞こうともせず。

「ボクは天才か。本当にそうだったら、どれほど良かったことかな」

 ライフルガン・ブレードを構えて、春樹は呟く。コードCHAOはその隣で自らの敵を確実に捉えていた。少年は思う。なぜ怒らないのか。理不尽な扱い、侮蔑、嫉妬……それらに対して怒らないのか。
 自分だったら? 怒るだろう。どうして自分ばかりがこんな目に遭わなくてはならないのかと疑問に思うだろう。ふざけるなと思うだろう。
 誰かを恨むかもしれない。憎んだ上で、殺してしまうかもしれない。だが春樹はどうだろうか? 誰かを恨んでいるのか、憎んでいるのか、殺したいのか。否、仲神春樹は文字通り『何もしていない』のだ。
 ようやく考え始めた。天才と呼ばれる人間のことを。孤独の中で戦う少年のことを。ようやく、考え始めた。

「左舷は任せるぞ、前嶋大翔。右舷はボクが仕留める。サポートは任せろ。油断しなければ死にはしない」
「……ああ。ちっ、うっぜえな! 分かったよ!」

 電磁ソードが振動する。それは切断に特化したチェーンソーのようなものだ。近接なら味方すら巻き込み容赦なく切り刻む。だからこその役割分担だった。
 悔しいが、敵わない。足元にすら及ばない。やっと分かった。絶対に勝てない敵と、絶対に勝てない味方の中に自分はいるのだ。弱い。情けなくなる。今までは平気だったのに、その実感が足を震わせた。逃げたい。だけど特待研修生がいる。逃げたら情けなくて死にそうだ。思わず前嶋大翔はにやりと笑った。

「その意気だ」
「は?」
「笑い飛ばせ。いつものように。立ち向かえ。ボクにやったように。その震えは進化の震えだ。武者震いだと思い込め」

 春樹もライフルガン・ブレードをくるくると回転させて、もう一振り、高振動電磁ソードを左手に構えた。

「世界が変わるぞ」
「……はあ。お前の話はなげえんだよ、仲神!」

 突進する。命と命の駆け引きを実践する事が何より重要だ。死へと一歩一歩向かって行く緊張感。焦り。恐怖。冷や汗が滲み出る。“逃げたい”という思いがあった。それに反して、“逃げたくない”という思いもあった。
 先手を切ったのは春樹のライフルガン・ブレードだ。一発、射出する。それは確実にホークシリーズの一機を捉え、撃墜した。感心している暇はない。ハンターシリーズの脚部を切断し、銃弾が春樹のすぐ横を掠める。
 回避と、攻撃を一連の動作とする。それが近接戦闘の基本だ。大翔は電磁ソードを振り回し、足を狙った。空振る。しかしそれで終わりではない。その反動を利用して、無理矢理電磁ソードの軌道を変える。一機。右方向からアラートが鳴る。後退、回避する。
 一機、また一機となぎ払う春樹に対し、大翔は確実に一機ずつ破壊して行く。そのすぐ背後では『何かあった時のため』にコードCHAOが待機していた。
 春樹が電磁ソードを投げ、ホークシリーズの一機に命中させると、右手のライフルガン・ブレードで目前のハンターシリーズの脚部を切断し、その動作の中で銃弾を射出させた。ホークシリーズが撃墜する。その春樹の真横に迫ったハンターシリーズを、大翔が後ろから電磁ソードで突き刺す。

「油断してんじゃねえか?」
「かもしれないな」

 そう言って春樹は撃墜されたホークシリーズに刺さったままの電磁ソードを抜き取り、残機を確認した。三機。そのどれもがハンターシリーズだ。

「前衛は任せる」
「了解!」

 大翔は突っ込んだ。その背後を春樹がライフルガン・ブレードで狙う。大翔が電磁ソードで一機、真正面から突き刺す。だが、一撃はシールドに弾かれた。続いて春樹が射出。ハンターシリーズの頭部を撃ち貫く。
 弾かれた動作の延長で、大翔は電磁ソードを腕ごと捻る。とっさにハンターシリーズはシールドを構えるが、遠心力と勢いの追加された『なぎはらい』はシールドを側面から貫通し、ハンターシリーズのわき腹をえぐった。
 ところが、大翔の意識からもう一機の存在が消える。気がつくと背後に迫ったその一機に対し、大翔は死を覚悟しながらも電磁ソードを引き抜き、自分とハンターシリーズの間にねじ込んだ。
 そして、消滅する。跡形もなく。ハンターシリーズは塵一つ、金属粉一つ残さずに消滅した。コードCHAOがキャプチャーしたのだが、大翔にそんなことは分かるはずもなく、春樹を驚愕の視線で見つめた。
 ずしんと、地面が振動する。春樹と大翔とコードCHAOは同時にストレージを向いた。72型BIGFOOT。多くの武装を搭載した、GUNの軍用兵器である。

「ボスかよ。誰だ、乗ってんのは?」
「さあな。だが、戦うつもりのようなら容赦はしない。バルカンの射出口を抑えろ。本体はボクがやる」
「オーケー、失敗すんじゃねえぞ!」


 ――GUN日本帝国本部/訓練所/1309時――


 ホバー稼働時間は60秒。バルカン砲とロケット砲を搭載。搭乗者の安全性を可能な限り最大限確保したGUNの最新鋭兵器。72型BIGFOOT。
 春樹はライフルガン・ブレードを地面に突き刺して無反動拳銃のセーフティロックを解除した。もう少し火力の高い武器があれば言う事はないのだが、そんなものは存在しない――と思いかけて、ハンターシリーズの残骸を見る。
 ある。無反動拳銃で威嚇の一発目を放つと、春樹はすぐさま残骸へ走った。バルカンがそれを追う。そこへ大翔が回り込み、バルカンの射出口めがけて電磁ソードを投げる。BIGFOOTはホバーモードでなければ鈍重。バルカンの射出口には電磁ソードが突き刺さり、漏電していた。
 余裕でハンターシリーズの銃火器を拾うと、その一つを大翔に投げた。まさか自分に投げられるとは思っていなかった大翔はややよろめいてそれを受け取る。BIGFOOTはホバーモードへと移行しながら、分厚い脚部を収容していた。

「次はロケット砲だ!」

 銃火器で背部のロケット砲を狙う。合計で二つの砲口。弾数切れを待っている時間はない。ロケットには追尾機能こそ付いていないが、その搭載数はおぞましいものだ。
 しかし、背部ロケット砲は巨大すぎる。武装解除より先にメインエンジンを破壊すべきか、と考えて、大翔が先走る。銃火器は確実にその照準をコックピットに付けていた。
 殺すつもりでは、ないだろう。これが訓練ではないことくらい、彼にも分かっているはずだ。ならばどうしてと考えて、春樹はある事に気づく。すぐにサポートへ移ろうと銃火器を構え、狙撃の姿勢に入った。
 ロケット砲が射出される。弾数はバルカンの比ではなかった。その中をかい潜るように走って、大翔はBIGFOOTの足下に入る。真下から、ロケット砲の銃弾保管エリアを狙い撃った。連射。次第に装甲が削れる。連射。ホバーモードに完全移行したBIGFOOTが移動を開始する。
 そのタイミングを狙って、春樹がロケット砲の砲口を撃つ。内部から破壊されたロケット砲の二射目は不発に終わった。大翔と春樹は同時に駆け出す。大翔はバルカン射出口に突き刺さった電磁ソードを掴みとり、春樹はライフルガン・ブレードを握る。
 左右同時、コックピット下部のメインエンジンを、一突き。
 浮遊していたBIGFOOTは墜落する。コックピットが緊急脱出モードに移り変わり、開いた。かくしてそこにいたのは、GUN日本帝国本部副司令官、須沢宰。

「出過ぎた真似をいたしました、須沢宰副司令」

 唐突な事態にも関わらず、春樹は敬礼で応じた。大翔も倣って敬礼する。副司令はそれを手でおさえた。

「いや、こちらこそ手荒な真似をしてすまなかったね。さて……前嶋くんの機転で予定より早く撃墜されしまったが」

 須沢は懐から拳銃を取り出して、セーフティロックを外す。春樹は即座に対応した。無反動拳銃を須沢の構えた拳銃へ向ける。彼の銃口は間違いなく、コードCHAOを狙っていた。
 予想は出来ていた。そもそも彼が自分に指令を下したのだから。だから彼が次に放った言葉を聞いて、春樹は意表を突かれた。

「問題は、君が敵か否かだ」
「……ワタシは教授の、引いては仲神春樹の味方だ。須沢宰副司令官の敵ではないと推測される」

 須沢宰副司令官の敵ではないと推測される? それはようするに、つまり……。

「そうか。そうだったな。君たちは嘘が付けないんだった」

 須沢が拳銃を下した。しかし春樹は未だに狙いを彼に付けている。まだ彼が無実だと証明されたわけではない。
 しかし、コードCHAOは嘘を付けないという言葉を、コードCHAO自身は否定しなかった。信じて良いのか?
 まだ、分からない。断定する訳にはいかない。証拠が足りない。――そのときだった。地震が起こった。訓練所が揺れる。地鳴りが強烈な音となって響く。異常だ。自然現象ではなかった。

「我が国のGUNは傀儡状態と言えるだろう。奴らの隠れ蓑にすぎん!」
「奴ら……? 奴らって、誰だよ!」
「コードCHAO! またの名をCHAOS!」

 叫ばないと声が伝わらない。春樹は一人黙していた。状況を確認。問題は地震。GUNの内部は大丈夫だろうか? この規模だと人が死ぬかもしれない。
 ポケットから端末を取りだす。大倉仁恵軍曹は非番。アリシア=メイスフィールド中尉ならばあるいは……。春樹は通信ボタンを押した。三回目のコールの後、回線がつながる。

『各員は避難誘導を! GUNメカへの対応班――戦闘――……こちらメイスフィールド中尉です。現在緊急事態につき対応は出来ません、要件だけどうぞ!』
「こちら特待研修生、仲神春樹であります。状況を教えて下さい、どうぞ」
『あなた……ええ、分かりました。現在GUNのメカが暴走、無差別に基地とGUNの戦闘員・事務員を攻撃しています。このままでは持ちません。合流出来ますか?』
「現在位置さえ分かれば可能です。いえ、可能にします、どうぞ」

 危機が脳をいやに冷静にさせる。自分が孤独な空間に放り込まれる。世界には自分しかいない。拳銃を構える。ライフルガン・ブレードのロックをオンにして腰のフックにひっかける。電磁ソードを左手に握る。
 この為に自分がいるのではなかったか? 事態は限りなく不明だ。コードCHAOの疑念も晴れない。須沢宰副司令官が味方かどうかすら分からない。それでも戦わなくてはならない。
 自分の力はその為にあったはずだ。春樹はコードCHAOと視線を交わす。

『では管制塔で落ちあいましょう。健闘を祈ります、どうぞ』
「了解しました。研修生仲神春樹、管制塔へ向かいます」

 通信を切断する。須沢宰副司令官はすでに拳銃を両手に構え、大翔も電磁ソードと銃火器を手にしていた。GUNの危機。市民にも被害が及ぶ可能性あり。
 どうするか。どう状況を覆すか。まずは真実を知らなければどうする事も出来ない。ならば知っている人に聞くまでだ。

「副司令、先んじて無礼をお詫びいたします。この事態、コードCHAOによって引き起こされたものですか?」
「その通りだ。そしてコードCHAOは総督に取り入っている。大方得意のキャプチャー能力で操ってでもいるのだろう」
「なるほど。では、副司令、あなたはどちら側ですか?」

 もはや大翔には何が起こっているのか分らなかった。ただ、事態が危機的だということ。それだけは理解できた。
 考える事は得意ではない。それは『天才』にでも任せて置く方が良いだろう。戦うだけだ。善悪など誰にも分からないのだから。
 須沢宰副司令官はしばらく悩んだ様子を見せた後、うなずいて見せた。

「人類の滅亡を阻止する側、といえば分かるかな」
「それを聞いて安心しました」
「ふ、建前は良いよ。疑うべきだ。こんな時だからこそ」

 春樹は頷いて返す。

「では、行きましょう。恐らく訓練所から出た途端、戦場になります」

このページについて
掲載日
2009年12月31日
ページ番号
15 / 19
この作品について
タイトル
コードCHAOを抹殺せよ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第331号
最終掲載
2010年1月6日
連載期間
約1年5ヵ月12日