(6)
「なんだね、大倉仁恵本部長」
関東本部、総司令官室にて、大倉仁恵は吉川正宗総督の前にいた。
ハンドガンを突き付けながら、彼女は要求する。
「武器を捨てなさい。両手を挙げ、抵抗は考えない事」
「大人しく従うと思うか?」
「ええ、もちろん。殺されたくないならね」
総督はにやっと笑い、両手を挙げた。副司令官室と構造は変わらない。隠れられる場所は机の陰くらいだが、そこには人間一人分も入る余地はないだろう。
入るとしたら、それはコードCHAOのみ。大倉仁恵はそう考え、一歩慎重に踏み出した。
「大倉仁恵本部長。コードCHAOを殺さなければ地球自然回復計画が発動する。人類は滅亡だ。そう、後ろにいるそこのコードCHAOを殺せ」
「滅亡……? そうしようとしているのは、あなたでしょう!」
「違うな」
白いひげに隠れた口元がいやらしく吊り上がる。吉川総督は両手を挙げたまま大倉仁恵から目を離さない。
「コードCHAOに騙されている。お前は騙されているのだ」
「騙されてなんかっ……!」
「銃を下ろせ。総督の言う通りだ。残念だが、君はコードCHAOに騙されている」
背後から声がした。彼女はそっと横目で見る。
須沢宰副司令官が拳銃を持ってたっていた。それも、怪しい笑みを浮かべて、しっかりと照準は大倉仁恵に定まっている。
万事休す。追い込んだと思えば、追い込まれていた。コードCHAOの姿が見えているのだろうか? 彼女は考えるが、分からない。まったく分からなかった。
「副司令……仲神春樹は?」
「はっ、速やかに排除いたしました。後は……総督の仰せのままに」
「銃を下ろすのは須沢宰副司令官だ。大人しくせねば——」
コードCHAOの言葉に、須沢副司令官は笑みを一層濃くする。
「私は貴様の弱点をも知っている。大人しくするのは貴様だ、コードCHAOの反逆者めが」
「……ワタシを殺せば計画は失敗する」
「だからどうした? もう計画は発動しているのだ」
吉川総督の自信満々に断言した言葉で、大倉仁恵は人類が滅亡するという現実を目の当たりにしなければならなくなってしまった。
そう、一刻も早く目の前の人物を殺さないといけない。しかし副司令官は生き残る。意味がない。コードCHAOを殺して仲間になり、奇襲を仕掛ける事も……出来ないだろう。
ならば地球自然回復計画の起動条件を知っておかなければ。それなら阻止できるかもしれない。この状況でも、自分の命と引き換えに——
「遅い。起動条件はその反逆者の死そのものだ。もはや反逆者と我々の接続は切った。そいつを殺せば、地球自然回復計画は終盤を迎える!」
ふと、声がした。大蔵仁恵には見えない。つまり、黒幕を殺す事も出来ないのだ。
なぜ見えないのか。自分に殺す意志がないから? 本当はどこにもいないから? なぜなのだろう。見えていれさえすれば——
「大倉仁恵本部長、君からはコードCHAOに対する殺す意志を消させてもらったよ。これで君はワタシを撃つことが出来ない! 我々の勝利はもはや目前となったのだ!」
「っ……」
「さあ、副司令官——反逆者を殺せ」
「——仰せのままに」
須沢副司令官は銃口をコードCHAO——反逆者である彼に向ける。
そして、
——死ぬのは貴様だ、黒幕。
『コードCHAOを抹殺せよ』
6 欺くならば味方から
「なに……?」
姿の見えていない黒幕のコードCHAOが銃声と同時に声を発した。
副司令官の舌打ちが聴こえる。失敗したのだろうか。大倉仁恵には分からない。分かるのは、須沢宰副司令官は敵ではなかった、という事実のみ。
しかしそれだけでも状況は一変する。
「須沢副司令——裏切りおったか……!」
「総督、私は初めから人類滅亡など興味ありません。コードCHAOを抹殺し、地球自然回復計画を阻止する。それが私の目的です」
再び銃口を定める。そう、副司令官には見えている。さらに大倉仁恵が総督に狙いを定めている為に、勝機は十割と化しているのだ。
一転して勝利への道が見えて来た。大倉仁恵はハンドガンを持つ手に力を込める。
「ふふふ……だがね、弱点を狙い撃ちしても無駄だ。キャプチャー地点をずらせば問題はない。起動条件をワタシの発信源にすればいいだけの話でもある」
「……なるほど。考えたな。だけど、一つ忘れている。こちらには貴様の言う反逆者がいるという事を」
「それも残念。反逆者というのは偽りだ。コードCHAOは姿が似ていれば別人だと気づかないところが良くてねえ……声しか聞こえない事によって大倉仁恵も騙しやすい。我が同胞よ! そいつを殺せえ!!」
須沢副司令官の目が驚きに見開かれる。——彼の手に持っていた拳銃が消える。とっさに一歩下がり、彼は二丁のハンドガンをホルダーから引き抜いた。
「遅い!」
二丁拳銃すらキャプチャーによって消滅する。これでコードCHAOは二つの拳銃を手にする事が出来るのだ。
「……く、そ……」
「さあ、銃を捨ててもらおうか、大倉仁恵——ッ!!」
銃声が響いた。