(5)
電話が掛かって来た。GUN専用回線の携帯用電話のディスプレイには、見た事のない数字が表示されている。
……ついに悟られたか。自分が、コードCHAOの弱点を知っていながら殺さなかった、という事が。それがなぜなのか自分でも分からない事を人に訊かれるのは春樹にとって我慢ならない事だった。
分からない事などない。出来ない事などない。それをわざわざ他人から言われるまでもない。
コードCHAOが不思議そうに首を傾げる。仲神春樹は携帯電話の通話ボタンを押すと、そっと耳に押し当てた。
——須沢副司令だ。今より副司令官室へと来ていただこうか。
『コードCHAOを抹殺せよ』
5 突き付けられる選択肢
「失礼します」
春樹は再び副司令官室へとやって来ていた。まさに鋼鉄に囲まれた部屋。その中心には須沢宰なる一人の上官が立っている。
やはり黒幕だったか。春樹の考えは的中してしまっていたようだ。だからといって、対策がある訳でもない。伏兵がいなければ、先手必勝という手もある。
殺せるのに殺さないというのは不自然だ。情が移ったと考えられても仕方がない行為。だからといって、殺せば相手にとっては不利になる。それゆえの先手だろう。
「……仲神春樹。まずは武器を捨ててもらおうか」
「分かりました」
腰のホルダーからハンドガンを見せつつ、床に落とす。
須沢副司令は厳格な表情のまま、春樹をにらみつけていた。
「なぜ呼ばれたかは、分かると思う」
「はい」
もはや自分に出来る事は一切何もないだろう。表上、コードCHAOに殺されたという事になるかもしれない。任務中に事故、という事も。
しかし手遅れだ。何もする事はない。だからこそ、何もしない。自分の運命ならば自分で進んで辿る。それが仲神春樹の生き方だ。
「では、死んでもらおう」
すっと、須沢宰副司令官はハンドガンを春樹の額に突き付けた。
「今なら間に合うぞ。コードCHAOを抹殺するか?」
「……妙ですね。須沢副司令は黒幕ではないのですか」
「私は人類の平和を望んでいる。その為にはコードCHAOを殺すしか方法がない。弱点を吐いてもらおう」
「……弱点? 何の事ですか? キャプチャー能力は絶対無敵です。とてもではないが太刀打ち出来ない」
春樹は眉間にしわを寄せた。
ふっと鼻で笑う須沢。ハンドガンの引き金にかけた指に、力を込める。
「ラスト・チャンスだ。私に与するか、己の未来を棒に振るか——選ばせてやる」
「NOです。ボクにコードCHAOを殺す意志はありません」
「そうか、ならば仕方ない」
銃声が狭い部屋に鳴り響いた。
大倉仁恵は自宅でパソコンと睨めっこしていた。時刻は昼過ぎ。多くの監視カメラから見られる映像に、怪しいものは映っていない。
ふうとため息をついてコーヒーを飲む。味がいまいちだ。もう少し砂糖を入れるべきだったと後悔する。
「久しく会う、大倉仁恵」
「……っ、誰?」
彼女は振り向いた。しかし誰もいない。幻聴か。そう思ってパソコン画面に向き直った。
「……そうか。ワタシが見えないか」
「……誰?」
「ワタシはコードCHAO。仲神春樹研修生より伝言を授かった」
その一言で、大倉仁恵はもう一度振り向いた。
何もいない。いないけど、何かがいる。何かがいた気がするのだ。天の声とか、そういう次元ではない。
目では見えない。だけど、心が「彼」を見付けている。それがなぜなのかはよく分からない。彼女は分かろうとも考えない。ただ、自分が正しいと思った事を貫くのみ。
「そっか。あの時の……懐かしいわね。八年も前かしら」
「七年と三ヶ月二週間六日前だ。ワタシを見るにはワタシを助けると思わなくてはならない。しかし今、大倉仁恵は仲神春樹を助ける事に精一杯だ。無理強いはしない。こうして声が届くだけでも幸運だ」
「それで、伝言って?」
「仲神春樹は須沢宰副司令官に呼ばれ、恐らく殺害されるだろう」
彼女の表情が真っ青になった。あわてて監視カメラに目を向けるが、彼らの姿は確認出来ない。副司令官室には、誰もいなかった。
だとしたら、どこで殺されたのだろうか。いや、まだ殺されたと決まった訳ではない。
諦めたりはしない。決して——
「絶対、助ける」
「仲神春樹から言い渡された作戦を伝えよう。黒幕は吉川正宗総督だ。副司令官に命令する事が出来、なおかつ現状を全て把握できる立場にいるのは彼しかいないと言っていた」
「総督が……?」
「しかし真実の黒幕はコードCHAO。大倉仁恵。ワタシを殺せ。殺せば全て解決する」
大倉仁恵は迷った。脈絡が分からない。だが、コードCHAOは嘘をついていないだろう。
そして彼が殺せといっているのにも何か理由がある。それ以外に方法が見つからないから、そう断言したに違いない。
もしかしたら仲神春樹が下した結論かもしれない。だけど、
「嫌」
「そう言うと思った。仲神春樹もワタシと同じ意見だろう。大倉仁恵は人から頼まれても殺さない、と。ゆえに——大倉仁恵、吉川正宗総督の元へ行き、彼を拘束せよ。ワタシが彼をキャプチャー能力で操る」
「……分かったわ。私の後ろから付いて来て」
彼女は立ち上がった。