(4)
「須沢宰副司令、彼はまだ死んでいないか?」
「はい。未だ生きております。とはいえ、時間の問題でしょう」
眼鏡をかけた切れ長の目の男が直立不動の姿勢で断言する。対して向かい合うのはたっぷりとひげを生やした男。見るからに老人だが、その体からは強烈な威圧感が放たれている。
彼こそがGUN総督。頂点に立つ男である。
「芳川総督——全ては計画通りです」
「そうか。ではお前に命令を与える。近頃、関東本部に滞在しているあいつの動向がおかしいという情報が入ってきてな。……そこで、だ」
芳川正宗総督はひげをさらさらと撫でながら、怪しげな笑みを浮かべて言った。
——大倉仁恵本部長を拘束せよ。隠密裏に、な。
『コードCHAOを抹殺せよ』
4 24時間監視体制
仲神春樹は自宅にいた。部屋が三つある小さなマンションの一室。隣にはコードCHAOがイスに座っている。何でもない日常風景だった。
違うのは、話している内容そのもの。コードCHAOが信用出来るものかどうか確かめるため、春樹が提示した策だ。もし彼の言葉が嘘だったとしても、いつでも殺す事は出来る。
「キャプチャー能力の弱点は頭の上の球体。これを貫けばワタシたちはキャプチャー能力を発動出来なくなる」
「なるほど。キャプチャー能力のシステムは? どこまでキャプチャー出来る? 例えば、人間の肉体の一部をキャプチャー出来るか?」
「出来る。ただしキャプチャー範囲はワタシの体の30cm以内でなければならない。それ以上は届かない」
春樹は未だ揺れていた。信用出来るか否かの瀬戸際。コードCHAOの言う事が本当だとして、信用するのが手遅れになった場合、それはまずい。しかし彼の言う事が嘘だった場合、信用してもまずい。
まさに身動きが取れないのだ。恐らく自分をこのような状況に置いた者はよほど頭が良いに違いない。
置いた者——副司令官か、やはり。良き上官だと思っていた春樹にとって、それは少なからずショックな出来事だった。
「いささか居心地が悪い。監視するのにも動きがなければ意味がないだろう。外に出るぞ」
「ワタシの姿を確認されれば——」
「もうお前の動向はバレバレだろう。後はどうやってお前の動きを封じるかだ。殺すのはまずい。お前の言ったチャオ一体説のお陰だな。かといって拘束するにもボクが邪魔になる。相手にとってボクとお前が手を組むのは不利なんだ」
最低限の武装をして、春樹は家の鍵を手に取った。
街中を歩いていると、春樹はさほどこのコードCHAOが目立たない事に気づく。いや、まるで視線を浴びていない。
もしかしたら、見えていないのだろうか。春樹はその考えに頷く。自分を殺そうとする者の前にしか現れないコードCHAO……現れないのではなく、見えないのならば納得は出来る。
つまるところ、自分は今も彼を殺そうと考えているのだ。誰かがそう判断し、コードCHAOの姿を見せているのか、または自分がそう考えている事によって姿が見えるシステムなのかは分からないが、ともかくその仮定は正しい。
「面白い。やはり人間の世界も捨てたものではない」
「……お前は地球自然回復計画に賛成ではない、と言っていたな。理由を聴いてもいいか」
コードCHAOは宙に浮いている。便利な力だ。ソラも飛べる。攻撃は効かない。弱点という弱点はほぼないのだから。
唯一の弱点を狙うにも、照準をずらされれば対策は練られてしまう。相手は頭が良い。小細工は通用しない。ならばどうすべきか。そもそも地球自然回復計画は自分にとって都合が良いとも考えられる。
有酸素連鎖爆発の意味はよく分からないが、文字列から想像は出来た。酸素あるべきところに連鎖させて爆発を起こす。コードCHAOの能力を持ってすれば出来ないことではない。
そして——コードCHAOの能力を持ってすれば。脳の回路をキャプチャーする事によって、いとも簡単に人を操る事だって出来る。それをして来ないという事は、信用出来ると考えていいのかもしれない。
長い沈黙だった。色々な事を考えられるくらいの沈黙。やがて、コードCHAOは語り始めた。
「ワタシは一度、人間に助けられた。ワタシの力を知らなかったのだろう。だが、助けられた事に変わりはない。人間にも色々な人がいる。——それを一概に悪だと決め付けるのは傲慢だ」
「助けられた……? という事は、助けた奴はお前を殺そうとしていた、という事になるじゃないか」
「彼女はワタシを殺そうとしていたのではない。人間がワタシたちを見る事の出来る方法は二つある」
これはワタシしか知らない事だ——そう言って、コードCHAOは春樹にしか聴こえぬよう、静かに小さく、呟いた。
「CHAOを、助けようと思う事」
「……だとしたら、コードCHAOの存在を知らなかったそいつは、とんでもないお人好しだ。いつも全て助けようと考えているような。そうでないとお前が見えない」
この時から、春樹は考え始める。
コードCHAO。彼らが地球自然回復計画を起こそうとする理由。
自分が助かりたいという、生命として当然の思いなのではないか、と。