(2)
私の部下はとても無表情だ。そもそも私の階級を間違えるくせに、他の事はなんでも完璧。完璧すぎて彼が人間でないんじゃないかと思ってしまうくらいに、私の部下は何でもかんでもそつなくこなす事の出来る、文字通りの天才。
だけど私は知ってるよ。あなたは天才なんかじゃないよね。天才の振りをしているだけ。もういっぱいいっぱいで、それでも足を引きずって歩いているだけ。
だから私は彼を独りにはしない。きっと彼は強いから、倒れてしまった時に、手を差し伸べなければ立ち上がれない。だったら、私が手を差し伸べれば良い。それが上官として、当然ことなのだから。
——研修生「仲神春樹」を護衛しろ。これは第一級Sランク任務である。
『コードCHAOを抹殺せよ』
2 CHAOと呼ばれる謎の生命体
上官である大倉仁恵を完全にいないものとして扱う事に決めた春樹は、まずコードCHAOについて出来る限り調査に励もうと考えた。
分かっている情報は、コードCHAOとは身長50cmから60cm程度の水色生物で、生態は不明。相手の能力に関する証言も取れていない。分かっているのは、今まで八十人抹殺任務を遂行しようとして、殉職(じゅんしょく)。
——誰かにとって邪魔な者を排除する陰謀説という考えは? そして自分もその中に入っているのではないだろうか。想像は絶えない。だからこそ想像する事に意味がある。
コードCHAOの情報はデマで、真実に辿り着いた時に昇格するという一種のシステムである可能性は? 情報がデマだった推測に基づくと、8パターン、自分を陥れる為の流れと、3パターン、自分が昇格できる流れが浮かぶ。
——更にもし、コードCHAOの存在が事実だった場合——
その能力はGUN最強の兵器、72型BIGFOOTをも上回るという事に……。
こちらからの科学的攻撃を無効化する能力が付いていると考えるのが妥当か? もっと考えれば、科学的攻撃または攻撃そのものを反射する能力なのかもしれない。
ならば範囲は? 死角はないのか? 行動時間は? そもそも人間のとって、害のあるものなのか?
出現場所は? 現在位置は? 民間人からの目撃情報などは一切ないのか?
そこでやっと、春樹は書類を手に取った。予習と復習、どちらが簡単に記憶できるかと問われれば、彼は復習と答えるだろう。なぜか。記憶する事に関してのみ言えば、復習、つまり繰り返す方が効率が良いのだ。しかし事が専門的な対策となるとまた別格。予習の方が大切になる時がある。
最善の方法は、予習を終えてからすばやく知識を読み取り、復習しながら実行に移す事。
「——生態不明? 自分の生命を脅かす者の前にのみ現れる——?」
これで陰謀説の裏づけはされた。そんな兵器があるとしたら、上官の命令のみでその部下は殉職だ。
これは仮説だが、研究施設で生み出された実験機、コードCHAOが何者かによって暴走を助長され、あわよくば邪魔な人物を皆殺しにしてしまおうという算段なのではないか。
「呆れるな……だけど、ボクは易々死んでやるつもりなんてない」
物理的攻撃を封じられる。反射される。相手の動きが素早すぎる。相手の攻撃が常軌を逸している。この四つのいずれかに当てはまるであろう科学兵器、コードCHAO……。
だが、自分の生命を脅かす者の前にのみ現れるというのは好都合だ。こちらから探す手間が省ける。相手には何らかの陰謀に加担しているから、自分の居場所くらい造作もなく調べ上げられるだろう。
問題は、どのような武器を使えば勝利する事が出来るか。巨大な鉄の釘を上空から落とす? いくら物理的攻撃を封じるといえど限度はあるだろうから、そこまでされたら相手も即死のはず……。
突然、気配を感じた春樹は身を屈めてソファの陰に隠れた。腰のホルダーに差してあるハンドガンを手に取り、ロックをはずす。弾数を確認した後、物陰からすっと身を出して銃口を向けた。
——だがいない。冷静に思考をめぐらす春樹。敵は上か、後ろ。どちらも隙を作りかねない。飽くまでこちらの目的は不審者の捕獲および目視だ。それ以上の行動は研修生として禁止されている。
春樹はハンドガンを上へ放り投げた。隙を作らせ、——そして、春樹は再び身を屈める。空中へジャンプするとハンドガンを華麗に手を取り、体をひねりながら三発、撃った。
しかし、その生物には通用しない。
銃弾はその生物の目の前にある何かに阻まれ、水面に波紋が浮かぶように、消滅した。
再度波紋が現れた時、春樹の耳を銃弾が掠め、壁を貫く。
銃口からあがる煙。静けさの支配する研修生休養室。
その生物は、水色の体をしていた。身長は50cmから60cm程度。頭の上には球体が浮かんでおり、そう、それはまるで——
コードCHAO、だった。
春樹の額から汗が滲み出る。状況分析が間に合わない。武器はハンドガン一丁。地の理は活かせない。
やられる——! 春樹は死を覚悟し、必死に情報を伝える事を考え始めた。
……そしてコードCHAOは、静かに小さな手を振り上げる。