CITY ESCAPE

四角い鈍器を片腕で振り回しながらこちらに駆けてくる友人の姿を見たとき、僕は今日ここで殺されるのだと思った――。


マーケティング的観点から、人は主に2つの層に分けられる。

新しい技術をすぐに試す層。
技術が古く安定してからやっと手を伸ばす層。

僕はどちらかと言わずとも後者だ。

だから、その日、近所に住む友人がゲームキューブ(GC)を僕の家に持ちこむまで、僕の夕食後の日課と言えばニンテンドー64のパワプロでオールA選手を作ることだった。

ごつごつしたフォルムが好きな僕は、すぐにGCを気に入った。

だが、それ以上に僕を驚かせたのはソフトの見た目だった。

スーファミから続いてきた、あの独特の灰色をしたカセットではない。
母が持っていた安室奈美恵のシングルCDみたいな円盤、表面は青基調の見たことの内ゲームキャラがこちらを見てニヤリと笑っている。

ソニック・ザ・なんちゃら、ハリネズミ。ものすごく速い。(友人談)

情報量の少なさに唖然としつつ、
僕はクラッシュ・バンディグー的なゲームなのかな、と想像した。

少し離れた4丁目(僕は2丁目だった)の友達がそれで遊んでいるのを、後ろからポテチを摘まみながらよく眺めていた。
初めから見る専ではなかった。
何度か遊ばせてもらったことは、ある。
ただすぐに、この手のゲームは僕の不得意とするところだ、と学んだだけだ。

それで、僕はソニックで楽しむことを早々に諦め、
バンディグーと同じように、後ろから観戦にまわる決意を密かに固めていた。

ところが、意地悪な友人はよく僕を理解していたのだろう。
ストーリーのムービー部分が終わるや否や、安心しきっていた僕の膝元にいきなりコントローラーを放り込んできたのだ。

――は!?無理無理、無理だって!

――いけるって、AボタンもBボタンもあるから。

――Zボタンは!?(←背後を人差し指でさすりまくりながら)

――そこ。

――そこってどこだよぉ!?

なんて、言っている間に僕(の操作するソニック)は、海外のダウンタウンに突然スケボーと共に突き落とされる。

シティ・エスケープ。

逃げたいのは僕の方だ。

なんて冗談を言う間も無く、僕(ソニック)はこれまで体験したことも無いような疾走感と共に、スケボーで勢いよく坂を滑り始める。

速い。とても速い。確かに速い!
パワプロの150kmのストレートよりも、ずっと速い!!

ものすごく速く走る、と言った友人の言葉に嘘はなかった。

が、嘘であってほしかった。
何度も言うが、僕は本来、ソニックのようなゲームは苦手なのだ。

――あっ。

それを証明するかのごとく、僕は何でもないエリアで途端に操作ミスを犯す。
青ネズミは右に大きく逸れ、アメ車を吹っ飛ばし、壁に激突して止まる。

――お前、ヘタクソか!

片耳に友人のブーイングが響く。
昨日まで64でそれなりに満足していた僕に、いきなり新技術を触れさせた挙句、不意打ちで不得意なアクションをやらせてるくせに、情け容赦がない。

僕は内心、この野郎、と思いながら、何とか最初の道を抜ける。

左奥に上手くジャンプできればいけそうなエリアが目に付く。
円盤みたいな形をした敵を連続で倒せば届きそうだ、というのは直観で理解した。

もちろん、理解した、と、実行できた、は違う。

けれど、途中までは上手くいった。
クッソウザい語尾(~チャオ!)で僕の嫌いな声の高さでアドバイスをするロボットの指示通りの技で、2連続くらいは倒せたのだ。

だが、人間というのは不思議な生き物だ。
諸君も経験があるだろうが、いけるかな?いけるかな?というメンタリティでやっていると案外いける。
そして密やかに、いけるぞ!と自信が芽生え始めると、盛大に失敗する。

――あ~、お前、なんでそこで落ちるんだよ!

4体目の敵をスカした僕に、友人のブーイングが突き刺さる。
とはいえ、リカバリもできず、仕方なしに遠回りをする。

段々と、アクションも良いものかもしれない、と思えるようになってきた。

途中、ビル側面を駆け降りるようなアクション特有のステージギミックに感嘆しながら、やがて僕(ソニック)は、スタート地点と同じような、視界の広がった景色にたどり着いた。

が、そこで、僕の初アクションは終わった。
文字通り、何もかもがおしまいだった。

景色が一瞬で、突然、カメラが僕(ソニック)の前に回り込む。
同時に、その時まで抱いていた、僕のプレイに対する余裕も一瞬で暗転した。

轟音!見たことも無い超巨大トラックが、こちらに向かって突っ込んできた。

――おおおお、なんなんだよこれぇ!?

――見りゃわかるだろトラックだよ!早く走れよ、死ぬぞ!?

アクション慣れしていた友人からしたら、まさか僕が「こんな程度の低い仕掛け」で動揺するとは露ほども思っていなかったらしい。
子供特有の、ゲームで焦った時の「死ぬ!死ぬ!」ワードを連発する。

もちろん、僕も咄嗟の努力はした。
……したのだが、スティック操作がままならず、左に逸れ、右に逸れを繰り返す。
ドンキーコング2で巨大蜂に2D画面で追いかけられるのとはわけが違った。

僕は3Dに酔っていた。
空間識失調。おまけにパニックまで起こしていた。
僕が飛行機のパイロットであれば即、墜落していたに違いない。

全資産が道端にばら撒かれる。
主人公特有の頑丈さがあれども、質量のある凶器に幾度となく跳ねられれば流石に万事休すだ。
リングを再び失い、かき集める間も無く、ケツからバンパーを盛大にぶつけられた青ネズミは、無念そうな表情を浮かべながら坂道に転がった。

――弱っ。

――弱いって何だよ……。

コントローラーは手汗でびしょびしょだった。
マラソン大会より疲労困憊になりながら、僕は振絞り気味に言い返した。

今振り返ってみれば、友人の言葉は言い得て妙だ。
ヘリから颯爽と逃げた(※オープニングムービー)くせに、初手物損事故を起こし、ジャンプ技も失敗し、トラックに日和って三度オカマを掘られて昇天――そんなヒーロー、弱いと形容するしかないはずだ。

だが、馬鹿にされたままというのも癪だった。

普段、テストでもかけっこでも負けたことも無い奴なのだ。
だのに、ここまでボロクソに言われるのは、当時、とても頭がよく、スポーツも万能な優秀な僕(※当社比)の沽券に係わる事案だった。

そこで、たかがゲームに使う言葉でもないが、僕も"一念発起"した。
恥を忍んで、彼のご指導を賜りながら、とりあえずシティ・エスケープを逃げ切るための鍛錬を受けた。

スティック操作も慣れた。
カメラワークの移り変わりも見慣れた。
Zボタンの位置も把握した。


そして、始めてから2時間、夜6時過ぎ。

もう帰ったほうが良いんじゃないのー?という母の声が下から聞こえ始めた頃に、ようやく僕はトラックを抜け、くるくる回るリングみたいな何かに触れることが出来た。

諸君には信じられない事実かもしれない。
僕は初めてシティ・エスケープをクリアするのに、実に2時間以上も時間を浪費したのだ。

――ん、これに触れればクリア?

――そうそう。ハァ、やっとかよ。ヘタクソすぎるだろ。

画面には無慈悲な"Eランク"がドン!という効果音と共に映し出される。
パワプロにどっぷりだった僕は、すぐに、これが無残な結果だということを悟る。

人間には適材適所というものが有る。
もし僕が、今この時代に中学生していたとしても、ゲーム実況者になろうとは微塵にも思わないだろう。

でも、とりあえず、クリアはクリアだ。

しかし続いて、休む間もなく、シティエスケープと同じようなステージ開始を知らせる交換音が鳴る。
ブラックバックの導入画面がテレビに映し出された。

――え、なに、チャオワールド?

僕はすぐに胸元を曝け出した金髪イタリア人の気軽な挨拶が頭に思い浮かんだ。
スペルが違うなんて、もっと後に気づいたことだ。

それよりも僕は、心の中で狼狽していた。
なんだよ、アメリカの次はイタリアか!?……なんて、こんな矢継ぎ早に、シティエスケープなんて地獄のように難しいステージをさせられるのか、と心底絶望していたのだ。

――お前、もう帰るだろ?

――もうしばらくしたら帰るけどさ。どんだけ嫌なんだよ。ってか、それ、今みたいなのじゃないから。

友人がつまらなさそうな表情を浮かべる。
ということは、激しいステージではないのだろう、と胸をなでおろす。

僕(ソニック)はどこかの施設の真ん中に、今度はスッと優しく据え置かれた。
穏やかな始まり方だった。

周りながら、キョロキョロする。
別の場所に行く入り口は二つあるようだった。

――説明めんどいから、見りゃわかるよ。

友人が言うがままに、僕は目の前の穴をくぐった。

先ほどとは打って変わって、ゆったりとした音楽が流れる。
滝から水が流れ落ち、底の浅い池が中央に広がる。
左右奥には岩場、目の前には原っぱと、何故かヤシの木が生えている。

卵があった。
逆に言えば、それ以外、何もなかった。

――ちょっと貸してみ。

動きを止めた僕を見かねた友人に、おとなしくコントローラーを渡す。

――これはな、こうやって孵化させるんだよ。

得意げに、彼は素早く卵を抱えると、左側面の岸壁に思い切り卵を叩きつけた。
(余談だが、この出来事のせいで、僕はチャピル氏のサイトを覗くまで、チャオの孵化は壁当て一択だと勘違いすることになった)

パカッ?生まれ・・・・ました!?

乱雑な孵化のさせ方だなあ、でも、アクションゲームだし、そんなものか(偏見)
……なんて思いながら、僕は卵から飛び出した"奇妙奇天烈な生き物"に目を奪われた。

――これ育てられるらしいぞ?

――そうなの?

――俺はやったことないけど。

――ふーん。

その瞬間、どうしてだか僕はチャオという不可思議な存在に興味が湧いたのだ。
あるいは、次のステージをやりたくない、無意識の抵抗だったのかもしれない。
それで友人に、チャオを育てるための基本的な知識をレクチャーしても貰おうとしたのだが、あえなく時間切れとなった(※友人母から友人向けの脅しの電話がかかってきた)。

彼は名残惜しそうに、でもソニアド2バトルを布教出来て嬉しかったのか、行きと同じようにGCを振り回しながら、笑顔で夜道を走り去っていった。


これが、僕の初めてのソニアド2バトル、チャオとの出会いの日の記憶だ。
当時、13歳。

何故か今日、仕事をしていた夕方4時、ふと詳細に思い出してしまったのだ。
先週まで地獄のように忙しかったので、脳みそに昔を振り返る余裕が出てきたのかもしれない。

突発的で、やや断片的ではあるが、大まかな流れが未だに記憶にあるということは、それだけ良くも悪くも衝撃的だったのだろう。

さて、そんな僕も今やアラサー(独身)。
そんなに頭がいいわけでも、スポーツが万能なわけでもない、平凡な人間だ。

件の友人に至っては、つい先日に結婚した。
人生のかけっこ競争は、今のところ彼がはるか先を行っている。

時の流れは、シティ・エスケープを翔けるソニックよりも、ずっと速い。

そして、人は変わりゆく。
変わらないことは、僕がアクションゲームを不得意としていることだ。

なのに、どうしてソニアド2バトルに、チャオにハマったのか?

同時に、チャオという存在に対しても僕は複雑思いがある。
人生一貫してファンシーを趣味にしたことも無い。
何ならチャオに対しても、特別可愛いキャラだとは思ったことは、実のところ一度も無いのだ。

どうしてこうも16年以上も人生を共にする生き物になったのだろうか?

答えはきっと出ないだろう。
だが、何となく、その生き物は僕の琴線に触れた。

どれくらい触れたかといえば、

・その年にGC(今思えばPS2でも良かった!)を買った
・ソニアド2を買い、チャオを育てるためにステージを駆け巡った
・チャオBBSの存在を知り、親のPCで毎日のようにアクセスした
・週チャオを知り、小説を書き始めた
・未だにこうして暇な日に駄文を投下しようとしている

程度にはチャオにハマったのだ。

人間、個性というものが有る。

誰もが同じものを好きになるわけではない。
しかし、共通しているのは、人生の中で、これでもかというくらいに熱中するものが、限られた数ではあるが、確かに存在しているということだ。

僕にとってそれはドラムであり、小説であり、ソニアド2バトルであり、チャオだった。

もっと自分の人生の糧(≒お金)になるような趣味に没頭できれば良かったのだが、こればかりは我が儘を言うわけにもいかない。

与えられたものは、素直に受け取るべきなのだ。

先週、私用でリサイクルショップに行ったとき、ゲームキューブが有った。
実家のは既に廃棄していたので、買い直してみようかとも思った。
ある意味レアものなのか、思った以上には高かった。
ただし、ちょっぴり思い出に浸れる鈍器と考えれば、安いものかもしれない。

諸君も、久しぶりにソニアド2バトルでもやってみてはいかがだろうか。
新型コロナの影響で、最近は職場と家の往復ばかりだろう。
シティ・エスケープを走れば、不安と不満ばかりが溜まる現実から、少しの間だけでも逃げ出せるかもしれない。


それでは、最後に、この駄文を締めくくるのにふさわしい言葉を友人に贈ろう。

友人よ。
ソニアド2バトル、チャオに出会わせてくれて、ありがとう。

あと、話は変わるけど、スーファミのドンキーコング2のカセット、裏面にお前の名前がでかでかと書いてあるやつ、うちの親が捨てられずに困っているから、早く取りに来なさい。

このページについて
掲載日
2020年3月20日
ページ番号
1 / 2
この作品について
タイトル
CITY ESCAPE
作者
それがし(某,緑茶オ,りょーちゃ)
初回掲載
2020年3月20日
最終掲載
2020年3月22日
連載期間
約3日