Scene:6

修復工事中のチャオガーデンは、深夜になると真っ暗になる。当然ながら人気も無い。
その中で彼は1人、チャオガーデンの中央付近で、何をするでもなく、ただ立ち続けていた。

『もし仮に犯人が漂流者だとしたら、犯人はチャオガーデンに戻ってくる可能性がある』
仮定と可能性を掛け合わせた、冷静に考えると確率の低い賭け。刑事が反対したのも無理はない。
だが、彼は心のどこかで、犯人は間違いなく漂流者で、間違いなく戻ってくるという、根拠のない確信があった。

(これで5日目か…正直すぐに音を上げると思ってたんだが、根性あるな)
刑事はチャオガーデンの隣にある、普段は清掃用具などがしまってあるロッカーで待機していた。
こちらはさすがに最低限の明かりはつけてあるが、怪しまれないように暗めにしてあり、また物音を出す訳にもいかない。状況としては彼とほぼ似たようなものである。
最も刑事にとっては、張り込みは日常業務。慣れたものである。彼にも予め少しコツなどを教えている。

(とはいえ、さすがにそろそろ潮時かも知れねぇな…)
そう刑事が心の中でつぶやいた、その時だった。

わずかな、ほんのわずかな足音のようなものを、その刑事は聞き分けた。
ほとんど勘に近いものだったが、刑事は足音だと確信した。

刑事はすぐにポケットの中に入れておいた、スイッチのようなものを取り出して押す。
これは簡単な通信機で、スイッチを押すとチャオガーデンで待機している少年の受信機が振動する、というごく単純なものである。

(後は…充分引きつけてから…上手くやれよ、少年!)
刑事は心の中で、そう少年に声をかけた。

(…!)
一方、少年も受信機の振動を感じ、静かに身を構えた。ついに来た。
もちろん、刑事の勘が本当なのかどうか、それが本当だったとして、今現れた人物が犯人なのかどうかは、まだ分からない。それは十分彼も理解している、つもりである。
それでも、この状況では、彼としては「犯人が来た」という可能性に賭ける以外の選択肢は、残されていなかった。

やがて、彼も暗闇の中で「気配」を感じた。間違いない。自分以外の人間が、近付いている。
彼はまだ、まだだと自分に言い聞かせながら、息を殺し、待ち構える。

そして、その気配が目前に迫ったところで、突然眼前が光に包まれた。チャオガーデンの照明が灯ったのだ。刑事が見計らった、まさにベストタイミングである。
彼自身も急に照明が灯ったことにより目が眩むが、そこは想定の範囲内。一気に目の前の人物を取り押さえようとした…が、照明に目が慣れ、目の前の人物に視線が向いたその瞬間、彼の動きが止まった。

「…!?」

彼は驚いた。
チャオガーデンに照明が灯り、眼前に現れた犯人と思しき人物は、自分と年齢があまり変わらない少女だったのである。まさか女性、それも少女だとは思っていなかった彼は、完全に動きが止まってしまった。
しかし、彼女はその身なりに合わぬ、凶器代わりとなる金属バットを持っている。凶行のための道具だろう。そう頭では理解したが、体の理解が追い付かない。
少女の方も突然周囲が明るくなったことにより目が眩んで動きが止まっている。本来の手はずであればそのスキに少年が犯人を捕まえる算段だったのだが、驚きで少年の方も動きが止まってしまったのだ。

そして、ようやく少年の体が状況を理解し、少女を捕まえようとした時には、少女の方も照明の明るさに目が慣れ、また状況を理解したことにより、逃げようと後ろを向いて走り出そうとしていた。

(まずい!)
このままだと捕まえられない。逃げられてしまう。何とかしなければ―――
…その瞬間、彼の視界にふと見えたのは、偶然ヤシの木から落ちて転がっていた、チャオが食べるためのヤシノミだった。


(これだ!)
彼はヤシノミが視界に入った瞬間、逃げようとする少女ではなくヤシノミの方に向かい走り出す。
そして、ヤシノミの左側に軸足となる左足を踏み込み、右足の甲で力強くヤシノミをインパクト。…つまり、思いっきり少女に向かって蹴ったのだ。

彼は今まで元いた世界で、ずっとサッカーをしてきた人間である。
プロ入りするほどの実力はないにしても、『物を狙った場所に向かって蹴る』という行為に対しては、少なくとも素人よりは遥かに上手くやれる自信があった。
とはいえ、当然のことながら、ヤシノミはサッカーボールのように綺麗な球状ではないので、真っ直ぐ飛ぶとは限らない。上手くいくかどうかは一か八かの賭けである。

また、ヤシノミの中はサッカーボールとは違い、空気ではなく実が詰まっているので右足が痺れるように痛くなったが、彼は痛みに耐えながらヤシノミの軌道を見守る。
果たして、見事にヤシノミは逃げる少女の背中に直撃。衝撃と痛みで、彼女はその場にうずくまるように倒れ込んだ。

…が、少年も右足の痛みが取れず、動けない。
このままではさすがに逃げられる、と思ったが、完璧なタイミングでチャオガーデンの出入口から刑事が現れ、うずくまる少女を難なく取り押さえた。

「っ…!」
痛みと捕まった悔しさで、少女は声にならない声をあげる。そんな少女に対して、刑事がこう尋ねた。
「…さて、聞かせてもらおうか。何を思ってこんなことをしたのか、ね」

このページについて
掲載号
週刊チャオ チャオ20周年記念号
ページ番号
8 / 11
この作品について
タイトル
「Children's Requiem」
作者
ホップスター
初回掲載
2018年10月23日